マフラー姿の人々。アレック・ギネスが身の丈に余るマフラーで怪演の『マダムと泥棒』を再見したい。




2000蟷エ11譛10譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

November 10112000

 よろこべばしきりに落つる木の実かな

                           富安風生

興吟だと思う。いいなあ、こういう句って。ほっとする。そんなわけはないのだが、作者が「よろこべば」、木の実も嬉しがって「しきりに」落ちてくれるのだ。双方で、はしゃぎあっている。幼いころの兄弟姉妹の関係には、誰にもこんな時間があっただろう。赤ちゃんがキャッキャッとよろこぶので、幼いお兄ちゃんやお姉ちゃんも嬉しくなって、いつまでも剽軽な振る舞いをつづける。作者は、そんな稚気の関係を赤ちゃんの側から詠んでおり、実にユニーク。無垢な心の明るさを失って久しい大人が、木の実相手に明るさを取り戻しているところに、いくばくかの哀感も伴う。発表当時には相当評判を呼んだ句らしく、「ホトトギス」を破門になったばかりの杉田久女がアタマに来て、「喜べど木の実もおちず鐘涼し」とヒステリックに反発した。「風生のバーカ」というわけだ。生真面目な久女の癇にさわったのだが、狭量に過ぎるのではないだろうか。俳句は、融通無碍。その日その日の出来心でも、いっこうに構わない。「オレがワタシが」の世界だけではない。そうした器の大きさが、魅力の源にある。バカみたいな表現でもゆったりと受け入れるところも、俳句の面白さである。しゃかりきになって「不朽の名作」とやらをひねり出そうとするアタマでっかちを、きっと俳句の神は苦笑して見ているのでしょう。『合本俳句歳時記第三版』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


November 09112000

 ランプ売るひとつランプを霧にともし

                           安住 敦

集の発行年から推して、敗戦後まもないころの作句だ。したがって、これらのランプはインテリア用のものではなくて、生活必需品である。あの当時は停電も多かったし、電気の来ていない家も少なくなかった。私の子供時代も、ランプ生活を強いられた。そんな事情から、こうして路上にランプを商う人がいたのだ。このときに、「ランプ」の繰り返しは単に抒情の演出を図ったものではないだろう。「ひとつランプを」ともしているのは、商品見本としてであり、また並べた商品を見せるための照明としてである。他人の生活のための道具を、自分の生活のための道具が照らしている。そのことを言っている。そして、秋の夜のつめたい霧だ。ともされたランプの光がぼおっとかすんでいる様子は、夢のように美しい。一瞬、世の中の荒廃や生活苦を忘れさせる夢の灯……。すうっと甘い感傷に流れていく作者の気持ちは、しかし「ランプ」を二度つぶやくことによって、また現実に戻ってくる。この夢幻と現実の響きあいは、けだし絶妙と言うべきか。作者は、短歌から出発した人だと聞く。「霧にともし」と字余りでおさえたところは、短歌の素養から来ているのかもしれぬ。短歌の下七七に来るはずの思いを、字を余らせることで内包させたとも読めるからである。理屈はともかく、従来の俳句とは異質の表現の確かさを感じさせられた。『古暦』(1954)所収。(清水哲男)


November 08112000

 土佐脱藩以後いくつめの焼芋ぞ

                           高山れおな

佐脱藩というのだから、主人公は坂本龍馬だろう。脱藩したのは、二十八歳の春(文久二年・1862)。高知城下から四国山脈を越えての決死の脱藩行だった。この間、八日と言い伝えられる。以後、近江屋で暗殺されるまでの経緯は、ご案内の通り。彼の思想と行動への評価はここではおくとして、革命家と呼ぶにふさわしい生涯だったとは言える。その颯爽たる革命家に焼芋を食わせたのが、掲句のミソだ。食わせたうえに、あれから何本くらい食ったろうかと、しようもないことを考えさせている。天下国家とは、何も関係のない龍馬の姿。革命家であろうが誰であろうが、焼芋も食うしメシも食う。しようもないことも思案する。ただそれだけのことを突きだした句だけれど、これで皮肉は十分に利いている。龍馬に対する皮肉ではなく、龍馬ファンに対するそれであることは言うまでもあるまい。この句を読んで、桑原武夫の「中世フランス文学史」の講義の一端を思い出した。「小説家や詩人が、何を食ってたか、どんな女とねんごろだったか。そんなことはくだらんことと、君らは思うやろう。本当は、そこが大事なんやで……」。同じ時期に、鶴見俊輔から「エピソードは大事なんです」という話も聞いた。私たちは、つい固定観念で、あの人はああいう人と捉えてしまいがちだ。そうは問屋がおろさないのですよと、掲句はやんわり告げている。加えて、焼芋を頬張る龍馬の姿には哀感もある。この哀感があって、俳句になった。俳誌「豈」(33号・2000年10月刊)所載。(清水哲男)




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