昨夜は放送業界の若手と飲みました。ブルー・チーズを食べました。限りなく不透明な苦い話ばかり。




2000蟷エ11譛4譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

November 04112000

 萩の野は集つてゆき山となる

                           藤後左右

校の数学の時間に、「演繹(deduction)」「帰納(induction)」という考え方を習った。掲句は四方から「萩の野」が傾斜面をのぼっていき、それらが集まって「山」になったと言うのだから、典型的な帰納法による叙景である。かつての「ホトトギス」で、中村草田男と並び称された藤後左右(とうご・さゆう)の技ありの一句だ。当時の俳人たちを驚かせた一句だと、山本健吉が書いている。そう言われて見回してみると、俳句は演繹による作句法が圧倒的に多いことに気がつく。演繹法は前提をまず認めなければ話にならないので、前提の正しさを保証するために、たとえば有季定型なる約束事があったりする。なかでも季語は、演繹的作法になくてはならない保証書のようなものだ。人々が掲句に驚いたのは、彼がこの保証書を無意識にもせよ引き裂いているからだろう。たしかに、「萩」なる季語は存在する。しかし、ここで「萩」は他の季語とどのようにでも交換可能だ。「菊」でもよいし「百合」でもよろしい。すなわち、左右の「萩」は演繹法における絶対の前提ではなく、帰納法での特殊な前提の位置にある。具体例をあげるまでもなく、名句の季語は絶対であり動かせない。掲句には誰でもが「なるほど」と感心はするけれど、それ以上に感情移入できないのは、このように絶対の前提を欠いているからである。たしかに技はあるが、実がない。とまあ、せっかくの三連休中に屁理屈をこねまわして御迷惑かと思うが、俳句という文芸様式を考える上では、こんな感想も一興かと……。『熊襲ソング』所収。(清水哲男)


November 03112000

 黄落の我に減塩醤油かな

                           波多野爽波

嘲というよりも、戸惑いの苦笑に近い句。作句年齢は、還暦前後と推定される。比喩的に言えば、まさに人生の黄落(こうらく)期にさしかかってくる年齢での句だ。「我に」と言うのだから、「我」以外の家族は「減塩醤油」ではないわけだ。おそらくは、妻か嫁さんの特別な気遣いから出された「減塩醤油」なのである。その気遣いを、どう受け止めればよいのか。作者は「減塩醤油」の小瓶を「ほお」とひねくりまわしながら、複雑な心境にある。健康を気づかってくれるのはありがたいが、塩味を抜いた醤油の美味かろうはずもない。といって「普通の醤油でいいよ」と言えば角が立つ。さても、哀れなことになっちまったな。そういう句である。この句を読んで思い出したのは、学生時代に遊びに行くと、祖母が必ずこぼしていた言葉。「あの人たち(息子夫婦)は美味しいものを食べて、私には食べさせてくれない」。嫁さんに取材してみたら「お年寄りには毒ですさかいに……」。この行き違いが、掲句のモチーフに含まれているだろう。還暦を超えた私には、ようやく実感的に句意が響いてくる。で、ここからは私の願望と意見。年寄りには、好きなものを食わせよ。ついでに、禁酒禁煙などもとんでもない。小津映画でお馴染の俳優・中村伸郎さんは大の煙草好きだった。が、晩年は「健康」のためにと、医者からも周囲からも厳しく喫煙を禁じられた。当人が死ぬ苦しみで煙草を我慢しているうちに、本当に死んでしまった。通夜の席で誰言うとなく、みんなで煙草を吸って線香代わりに霊前に捧げたのだという。そんなアホな。中村さんにちらりと面識のあった私としては、大いに義憤を感じましたね。『骰子』(1986)所収。(清水哲男)


November 02112000

 地の晩秋血を曳いて犬もどりくる

                           酒井弘司

嘩でもしたのだろうか。「血を曳いて」犬がもどってきた。蕭然(しょうぜん)と頭を垂れて……。このときに「血」と「地」という「ち」音の響きあいは、切なくも「晩秋」の季節感につながっている。日本語の微妙なところで、他の季節であれば、この音の打ち合わせは似合わない。「地の晩夏」「地の晩春」などに入れ替えてみれば、よくわかる。「ち」音が重なることで発している雰囲気は、身体や心のどこかがちりっと痛む感じである。ちりっと痛むのは、やはり晩秋の冷たい外気との触れ合いにこそ似合っている。「真冬」では寒すぎて、ちりっとは来ない。この句には含意があって、もどってきた犬は、実は作者自身でもあるだろう。心に傷を負って(「血を曳いて」)もどってきた自分自身の姿が、犬のそれに託されている。そしてさらに、作者は「もどってくる」という行動それ自体に、悲しみを覚えている。泣きながら、自分の住処にもどってくる。それはなにも、喧嘩に負けた犬や子供に特有の行動ではない。大人だって、泣きながら我が家にもどるのだ。そこには癒しや慰めの空間があるからだ。正確に言えば、もどったからといって受けた傷が根元から癒されるわけもないのだが、人は癒しや慰めを錯覚できる空間として住処や家庭を作ってきたのである。まことに悲しい知恵ではないか。その悲しい知恵のなかに、泣きながら人はもどる。もどるしかない。そのことへの深い悲しみ。泣き虫の人には、よくわかる句だろう。『朱夏集』(1978)所収。(清水哲男)




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