丸善発行の月刊「學鐙」が、いま出ている十月号を最後に活版印刷からオフセット印刷に切り替わる。




2000ソスN9ソスソス28ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 2892000

 もの提げて手が抜けさうよ蚯蚓鳴く

                           八木林之助

い荷物を両手に提げて、数歩歩いては立ち止まる。既に秋の日はとっぷりと暮れており、すれ違う人とてない田舎道。ただ聞こえるのはジーッジーッと鳴く「蚯蚓(みみず)」の声だけで、情けないこと甚だしい。加えて、たぶん作者には、荷物を道端に置けない事情があるのだ。道がぬかるんでいるのか、あるいは絶対に汚してはならない進物の類か。だから、「手が抜けさう」でも我慢している。「蚯蚓」の鳴き声すらもが、なんだか自分を嘲笑するかのように聞こえてくる。で、思わずも「手が抜けさうよ」と弱気になり、しかし、くじけてはならじと、またよろよろと歩き出す……。眼目は「手が抜けさうよ」の「よ」だ。「よ」は口語的な訴えかけだが、掲句では訴えかける相手はいない。強いて言えば自分自身に向けられており、少しだけどこにいるとも知れぬ「蚯蚓」にも向けられている。両者ともに、訴えたってしようがない対象だ。この「よ」が利いて、句に可笑しみが出た。季語の「蚯蚓鳴く」であるが、もとより「蚯蚓」が鳴くわけはない。秋の夜、ジーッと重い声で鳴いているのは「螻蛄(けら)」である。いわゆる「おけら」だ。それを昔の人は(いや、今でも)「蚯蚓」の鳴き声だと信じていた。そんなことは、どっちだっていいっ。何とかしてくれえっと、作者はまだふらつきながら歩いている。当分、この句は終わらない。『合本歳時記・新版』(1974)所載。(清水哲男)


September 2792000

 リヤカーにつきゆく子等や花芒

                           星野立子

和初期の句。何を積んでひいているのだろうか。引っ越し荷物だとしても、「つきゆく子等」は、リヤカーをひく人の子供たちではないだろう。近所の子供らが、好奇心にかられて寄ってきたのだ。「花芒(はなすすき)」は、さわさわと子供らの手にある。こういう光景は、よく市井に見られた。何か珍しいものを見かけると、すぐに子供らは飛んで行った。まだ自動車が珍しかったころには、私も表に飛んで出た。近所からも、ばらばらっと出てきた。しばらく後を追っかけて、胸いっぱいにガソリンの臭いを吸い込むのであった。落語にも、町内にまわってきたイカケヤを悪ガキどもが取り囲み、そのやりとりを面白可笑しく聞かせる咄がある。昔はよかった。と、一概には言えないにしても、少なくとも昔の道端はよかった。面白かった。いまは、ちっとも面白くない。すべての道が点から点へ移動するためのメディアとして消費されており、ゆったりとした道端時間がないからだ。東京あたりでは、たまの大雪などで点と点の間を移動する機能が麻痺したときにだけ、道端時間が忽然と復活する。そんなときにだけ、私は積極的に表に飛び出す気になる。こんな道端事情だから、話は飛ぶが、いまの子供らには「路傍の石」の含意もわかるまい。最近、山本有三の文章が国語の全教科書から消えたと聞いた。『立子句集』(1937)所収。(清水哲男)


September 2692000

 秋の箱何でも入るが出てこない

                           星野早苗

ンスのよいナンセンス句。こういう句をばらばらに分解して解説してみても、はじまらない。丸のみにして、作者に説得される楽しさを味わえれば、それでよい。……と言いながら、一つだけ。「秋の箱」でなくたっていいじゃないか。「春の箱」でも「夏の箱」でもよいのではないか。最初そう思って、他の三つの季節に入れ替えてみた。入れ替えて、一つ一つをイメージしてみた(私もヒマだ)。まずは「春の箱」だが、ふにゃふにゃしすぎており「何でも入る」けれど何でも出てくる感じ。「夏」だと、暑苦しくて何も入れたくない。「冬」にすると、箱の堅牢さは保証されるが、「何でも入る」というわけにはいかないようだ。となれば、やっぱり「秋の箱」。透明にして、容積は無限大。だから「何でも入るが出てこない」。むろん作者は、こんな面倒くさい消去法で「秋」をセレクトしたわけではない。パッとそんなふうに閃いたから、パッと「秋の箱」と詠んだのである。どんな句にも「パッ」はつきものだ。いや、「パッ」こそが命だ。理屈は、後からついてくるにすぎない。同じ作者に「高感度のキリン私が見えますか」がある。パッと「高感度」が光っている。ただし、これらの閃きにパッと感応しない読者もいるだろう。それはそれで仕方がない。どちらが悪いというものではない。『空のさえずり』(2000)所収。(清水哲男)




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