雑誌などの写真の料理はみんな器に綺麗に納まっている。ナニゴトノフシギナケレド(白秋)気色悪い。




2000ソスソスソス9ソスソスソス17ソスソスソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 1792000

 栗飯に間に合はざりし栗一つ

                           矢島渚男

ヤリ。語意の二重性から、ぽろりと滑稽味が転がり出てくる句。普通に読めば、栗飯(くりめし)に炊き込むには、虫食いか何かで適当でない(間に合わない)栗が、ぽつねんと一つ寂しく残されてあるということだ。おそらく、作者の発想はそこから出ているのだろう。が、栗の役立たずを言うときに「間に合はざりし」と、故意に「時間に間に合わない」とも読める言葉を使用することで、栗の様子がかなり変化した。栗飯の支度に間に合うよう一所懸命に走ってきたのに、「遅かりし、ユラノスケ……」と言われてしまった(笑)。きっと「サルカニ合戦」の栗のように、口を「への字」一文字に曲げているのだ。そんな隠し味が仕込まれている。そうすると、眼前の「栗一つ」が、健気にも可愛いくも見え、いっそう哀れにも見えてくる。存在感が拡大されている。私はあまり擬人化が好きではないが、この程度の諧謔的な範囲での使用ならば許容できる。栗といえば、同じ作者に「栗に栗虫人間に人間虫」がある。こちらは、なかなかにキツい。身にコタえる。ああ、「クリゴハン」が食べたくなってきた、作るのは面倒だけど。吉祥寺「近鉄」の地下で売ってるのは、知ってるけど。商品の栗飯は美味いといえば美味いけど、まったく失敗の味がしないので、好きじゃない。一般的な「正義」の味でしかない。『梟のうた』(1995)所収。(清水哲男)


September 1692000

 仲よしの女二人の月見かな

                           波多野爽波

性の読者には、案外難解に写るかもしれない。詠まれている情景ではなく、なぜこんな句を詠むのかという作者の心持ちが……。男同士の「仲よし」だと、こんな具合の句にはならないだろう。ここで爽波は、「仲よしの女二人」の姿に、単に微笑を浮かべているのではない。月見の二人は、作者の家族である姉妹か母娘か。いずれにしても、血の通った女同士だと読める。他人同士と読めなくもないが、そうすると、その場に居合わせている作者との関係に無理が生じる。自宅の庭先での「月見」とみるのが自然だ。作者は二人から少し離れた位置にあり、もちろん微笑はしているが、他方でかすかな疎外感も覚えている。作者は、女たちの「仲よし」ぶりに入っていけない。べつに入りたいわけじゃないし、無視されているのでもないけれど、どこかで「月見」の場が彼女たちに占拠されているような、そんな不思議な気分なのだ。だから、自分もその場に存在するのに、あえて「二人の月見」と詠んだわけである。我が家は私と女三人の家族だから、こういう感じは日常茶飯に起きる。毎度のこと。「つまるところ、女同士は血縁しか信じない」と言った女性(誰だったかは失念)の言葉を、たまに思い出す。「仲よし」の構造が、どうも男とは違うようだ。その意味から言えば、武者小路実篤の「君は君、僕は僕、されど仲よき」なんて言いようは、まさに男ならではの発想であって、これまた女性には、なかなかわからない言葉ではないかと愚考する次第。『鋪道の花』(1956)所収。(清水哲男)


September 1592000

 老人の日喪服作らむと妻が言へり

                           草間時彦

じめは「としよりの日」だった。1951年(昭和26年制定)。それが1964年(昭和39年)に「老人の日」と変わり、その二年後には現在の「敬老の日」となる。かくして戦後の「としより」は、国家から三段階で祭り上げられてきたわけだ、言葉の上だけで……。掲句は、たった二度しかなかった珍重すべき「老人の日」に詠まれている。「老人の日」と聞いて抽象的に「敬老」を思う人もいるだろうが、多くの人があらためて思うのは、身近にいる老人のことだろう。老人を自覚している人はもちろん、そうでない人も「老人」につづけて連想するのは「死」だ。今度の冬が越えられるか。そういうことを、誰もがちらりと思う。で、いざというときに必要なのは「喪服」であり、そのことを妻がずばりと切り出したことに、作者は驚いている。身内の葬儀ともなれば、ちゃんとした喪服が必要なことくらい作者にもわかってはいるのだけれど、まだまだ時間的な余裕があると思いたいし、なかなか作る気にはなれないでいた。その優柔不断を、正面から突かれた。国家の押しつけた「老人の日」にも、こんな実効性があった。喪服は、多くの夫婦がおそろい(ペア・ルック)で作る最初にして最後の衣服だ。そう思うと、可笑しくもあり物悲しくもある。『淡酒』(1971)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます