拙句失礼「次女我にキャラメル与え寝る無月」『匙洗う人』(1991)所収。そのようなこともありき。




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September 1292000

 月に行く漱石妻を忘れたり

                           夏目漱石

まりの月の見事さに、傍らの妻の存在も忘れてしまった。と、ちょっと滑稽な味付けで月を愛でた句。句意はこの通りでもよいのだが、前書に「妻を遺して独り肥後に下る」とある。漱石が1897年(明治三十年)に、熊本は五高の教授として単身赴任するときの句だ。このときの漱石には、妻を忘れようにも忘れられない事情があった。妻の鏡が流産して静養中の身だったからだ。一緒に行こうにも、行けなかった。止むを得ぬ単身赴任。そこで『吾輩は猫である』の作者は、境遇を逆手にとった。わざと事実を詠み違えた。肥後の月の美しさに魅かれて、俺はお前のこともすっかり忘れて出かけるんだよ。俺のことなど案じるなかれと、病む妻に反語的ながら、慈愛の心で挨拶を送っているのだ。当時の単身赴任は、相当に心細かったろう。胃弱の漱石のことだから、ちくりちくりとと胃の痛む思いだったろう。だから掲句は、同時に心細い我とわが身を励ますためのものだったとも読める。そうに違いない。月を詠んだ句はヤマほどあれど、この一見あっけらかんとした句には、異色の味わいがある。噛めば噛むほど、味が出る。『漱石俳句集』(1990)所収。(清水哲男)


September 1192000

 十五から酒をのみ出てけふの月

                           宝井其角

秋の名月には「十五夜」「望月」「明月」などいろいろな言い方があって、「けふの月(今日の月)」もその一つ。なかには「三五の月」という判じ物みたいな季語(3×5=15)もある。それぞれに微妙なニュアンスの差があり、「けふの月」には「今年今月今夜のこの月」をこそ愛でるのだという気合いがこもっている。「月今宵」とほぼ同じ感覚だ。さて、数え年で十五といえば、まだ中学二年生。「のみ出て」は「常飲しはじめて」の意味で、好奇心からちょっと飲んでみたのではない。其角がその一年前に蕉門に入っていることを考え合わせれば、現代の目からすると、よく言えば早熟、悪く言えばずいぶんとひねこびた子供だった。しかし、元服(成人式)が最若十一歳くらいから行われていた時代なので、現代とはかなり事情が違う。が、こうして其角があらためて「十五から」と回想しているくらいだから、子供の酒飲みはそんなにいなかったのだろう。陰暦では月の満ち欠けが時間の指標だったわけで、これまた現代人とは大いに月の見方は異なっている。すなわち「けふの月」に来し方を回想するのは、当時の人々にとってはごく自然な心の働きだったはずだ。その回想の基点を「十五夜」にかけて「十五」という年齢に定め、しかも月見の宴にかけて「飲酒」に焦点を絞ったところは、やはり非凡な才能と言うべきか。とにかく、カッコいい句だ。思い返せば、私が「のみ出」したのは二十歳を過ぎてから。かたくなに法律を守ったかのようで、カッコわるい。なお、今年の名月は明日12日です。(清水哲男)


September 1092000

 不漁の朝餉鍋墨につく静かな火

                           佐藤鬼房

漁かが不明なので、無季句としておく。「不漁」に「しけ」のルビ。漁師の生活は知らないが、早朝の漁から戻っての朝餉の場面かと思う。大漁であれば活気に満ちる朝餉の座も、沈欝な雰囲気に包まれている。不漁が、もう何日もつづいているのだ。自在鉤(じざいかぎ)で囲炉裏に吊るした鍋のなかでは、いつものようにグツグツと海の物が煮えている。が、みな押し黙っている。ときおり鍋墨(なべずみ)に移った小さな火片が、静かに明滅している。掲句の鋭さは、落胆した人間の視線の落とし所を、的確に捉えているところだ。心弱いとき、人は視線をほとんど無意識のままに弱々しいものに向けるようだ。茫然とした心は、知らず知らずのうちに静かで弱々しいものに溶け込んでいくのか。そこで、すさんだ心情のいくばくかは慰謝され治癒される。この視線の動きは人間のこしゃくな知恵によるのではなくて、自然にそなわった(換言すれば、天が与え給うた)自己救済へとつながる身体的機能の一つだろう。だから、この句が特殊なシチュエーションを描いてはいても、普遍性も持つのである。ところで現代では、もはや囲炉裏で煮炊きする生活は消えてしまった。実際に「鍋墨」を知らない人のほうが、多くなってきただろう。このときに、私たちの日常生活における「静かな火」は、どこにあるのだろうか。心弱い視線の現代的な落とし所は、どこにあるのか。合わせて、考えさせられた。『海溝』(1976)所収。(清水哲男)




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