防災訓練の季節。我が西洋長屋での消火器訓練は金欠で途絶えたまま。使い方を見てもすぐに忘れる。




2000ソスN8ソスソス22ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 2282000

 秋桜好きと書かないラブレター

                           小枝恵美子

ッと読むと、「なあんだ」という句。よくある少女の感傷を詠んだにすぎない。でも、パッパッパッと三度ほど読むと、なかなかにしぶとい句だとわかる。キーは「秋桜」。つまり、コスモスをわざわざ「秋桜」と言い換えているわけで、この言い換えが「好きと書かない」につながっている。婉曲に婉曲にと、秘術(?!)をつくしている少女の知恵が、コスモスと書かずに「秋桜」としたところに反映されている。ラブレターは、自己美化のメディアだ。とにかく、自分を立派に見せなければならない。それも、できるかぎり婉曲にだ。さりげなく、だ。そのためには、なるべく難しそうな言葉を選んで「さりげない」ふうに書く。「秋桜」も、その一つ。で、後年、その浅知恵に赤面することになる。掲句で、実は作者が赤面していることに、賢明なる読者は既にお気づきだろう。以下は、コスモスの異名「秋桜」についての柴田宵曲の意見(『俳諧博物誌』岩波文庫)。「シュウメイギク(貴船菊)を秋牡丹と称するよりも、遥か空疎な異名であるのみならず秋桜などという言葉は古めかしい感じで、明治の末近く登場した新しい花らしくない。(中略)如何に日本が桜花国であるにせよ、似ても似つかぬ感じの花にまで桜の名を負わせるのは、あまり面白い趣味ではない。(中略)秋桜の名が広く行われないのは、畢竟コスモスの感じを現し得ておらぬ点に帰するのかも知れない」。さんざんである。同感である。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)


August 2182000

 子にうすれゆく方言よ蕎麦の花

                           神原教江

麦(そば)の花が咲きはじめると、そろそろ夏休みもおしまいだ。子供のころには、夏休みが退屈だったくせに、あの白い花が風に揺れている様子に寂しい気持ちもしたものだ。掲句の作者は、もっと寂しい。帰省中の子供が、間もなく都会に去っていくのである。大学生だろうか。休みに帰って来るたびに、言葉遣いが「都会モン」らしくなってくる。方言を毛嫌いするかのようにも、うかがえる。方言には発音の仕方も含まれるので、そのあたりも都会風になっているのだろう。母親としては、そんな子供を一方では頼もしいとは思うのだが、他方ではついに「子離れ」の時期が到来したと感じている。そのことを口にするわけではないけれど、胸の内に寂しさが募るのはどうすることもできない。蕎麦は、元来が山畑などの痩せた土地に植えられた。逞しい植物とも見えるし、哀れとも見える。姿カタチも、全体としては美しいとは言えない。言うならば、雑草同然。だから、頼りなげな白い花が、ひとしお感傷を誘うのだ。戦後の岡本敦郎(武蔵野市でご健在です)の大ヒット曲に、「白い花の咲く頃」(1950)がある。田村しげるの詞には、何の花とも書かれていないが、中学生の私は聞いた途端に「蕎麦の花」を思った。「……さよならと言ったら、黙ってうつむいていたお下げ髪。悲しかったあのときの、あの白い花だよ」。故郷を後にして、若者が都会に出はじめたころの流行歌だった。『俳句の花・下巻』(1997)所載。(清水哲男)


August 2082000

 墜ちてゆく 炎ゆる夕日を股挟み

                           三橋鷹女

季。しかし、「炎ゆる夕日」は夏の季語である「西日」に近い感じだ。初秋の「西日」は、外気の暑さも加わって、たしかに炎えているように見える。童謡の一節「ギンギンギラギラ、ユウヒガシズム」の、あの感じだ。さて、掲句の主語は何だろうか。落ちてゆくのは「夕日」であるが、「墜ちてゆく」のは作者自身だろう。「墜ちてゆく」の後に一字分の空白が入れられていることから、それと理解できる。つなげてしまうと、つづく「股挟み」の主語が作者であるだけに、「墜ちてゆく」主体は「夕日」と限定されてしまう。それにしても、激しい気性の感じられる句だ。このとき、鷹女は六十歳か、六十一歳か。どうせ老いが避けられないのであれば、あの真っ赤な夕日を道連れに「墜ちてゆく」、いや「墜ちてやる」の気概はすさまじい。彼女は、みずからを魚に擬して「一句を書くことは 一片の鱗の剥奪である」と言った。ならば、いつの日にかは確実に全身赤裸となるわけだ。この句は、自身の「赤裸」が近いと心得た作者が、渾身の力を込めて太陽にむしゃぶりついてやるの気迫に満ちている。むしゃぶりつくだけではなく、その上での「股挟み」だ。「夕日」は、必ずしも感傷の対象にはあらず。俳句に命を賭けた者にしか、こういう壮絶な俳句は書けないだろう。六十二歳の私はといえば、ただ脱帽も忘れて、シュンとするのみ……。『羊歯地獄』(1961)所収。(清水哲男)




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