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August 0882000

 むかし吾を縛りし男の子凌霄花

                           中村苑子

霄花という漢字は、一般的にはこれだけで「のうぜんかずら」あるいは「のうぜん」と読ませる(『広辞苑』など)ようだが、この場合は「のうぜんか」だろう。いまごろの花だ。赤橙色の漏斗状の花を盛んに咲かせる。大きな特徴は、つるを他の木などにからみつかせて、どこまでも執拗に這い登る性質にある。掲句は、この性質に関わっている。その「むかし」、チャンバラごっこか何かの遊びで、たぶんふざけ半分に自分を縛った「男の子(をのこ)」がいた。縛られる側も相手が面白がっていることはわかっているので、さしたる抵抗もせずに縛られてやったのだ。付近では、今を盛りと凌霄花が咲いていたのだろう。ところが、現実に縛られてみると、なんだか気分が違う。遊びだと思っていた気持ちが、すうっと冷えてきて、経験したことのない生々しい恐怖感に直面することになった。縛った男の子も、遊びを忘れたような生臭い顔をしている。二人ともが、縛り縛られたことによる関係が生みだした、思いもよらぬ現実の重さにあわてている。その場にあったのは、お互いの性の目覚めに通じる何かだったはずだ。あのときに執拗に幼い作者の身体にまとわりついた縄の感触を、目の前の凌霄花が思い出させている。性の目覚めはこのように、突然にあらぬ方角からやってきて、抜き難い記憶としておのれにからみつき、離れることがない。『白鳥の歌』(1996)所収。(清水哲男)


June 2662007

 凌霄花手錠のにぎりこぶしかな

                           横山香代子

にも鮮やかなオレンジ色の凌霄(のうぜん)の花。日本には豊臣秀吉が朝鮮半島から持ち帰ったといわれている中国原産の蔓性の植物である。「霄」という字は空を意味し、空を凌(しの)ぐほど伸びるという途方もない名を持っている。掲句は色鮮やかな花と、罪人の手元という異色の取り合わせである。なにより、人は手錠を掛けられたとき、誰もがグーの形に手を揃えるのだという事実が作者のもっとも大きな発見であろう。さまざまな後悔や無念が握りしめられたこぶしに象徴され、天を目指す鮮やかな花の取合わせがこのうえなく切なく、読む者をはっとさせる。また凌霄花は、夏空に溢れる健やかさのほかに、貝原益軒の『花譜』では「花を鼻にあてゝかぐべからず。脳をやぶる。花上の露目に入れば、目くらくなる」と恐ろし気な記述が続き、また英名Campsis(カンプシス)は、ギリシャ語の「Kampsis(屈折)」が語源だという、単に美しいだけではない一面を持つ。もちろん掲句にそのような深読みは不要だろう。しかし思わずその名の底に、善のなかの悪や、悪のなかの善などが複雑に入り交じる人間というものを垣間見た思いがするのだった。『人』(2007)所収。(土肥あき子)




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