August 0882000

 むかし吾を縛りし男の子凌霄花

                           中村苑子

霄花という漢字は、一般的にはこれだけで「のうぜんかずら」あるいは「のうぜん」と読ませる(『広辞苑』など)ようだが、この場合は「のうぜんか」だろう。いまごろの花だ。赤橙色の漏斗状の花を盛んに咲かせる。大きな特徴は、つるを他の木などにからみつかせて、どこまでも執拗に這い登る性質にある。掲句は、この性質に関わっている。その「むかし」、チャンバラごっこか何かの遊びで、たぶんふざけ半分に自分を縛った「男の子(をのこ)」がいた。縛られる側も相手が面白がっていることはわかっているので、さしたる抵抗もせずに縛られてやったのだ。付近では、今を盛りと凌霄花が咲いていたのだろう。ところが、現実に縛られてみると、なんだか気分が違う。遊びだと思っていた気持ちが、すうっと冷えてきて、経験したことのない生々しい恐怖感に直面することになった。縛った男の子も、遊びを忘れたような生臭い顔をしている。二人ともが、縛り縛られたことによる関係が生みだした、思いもよらぬ現実の重さにあわてている。その場にあったのは、お互いの性の目覚めに通じる何かだったはずだ。あのときに執拗に幼い作者の身体にまとわりついた縄の感触を、目の前の凌霄花が思い出させている。性の目覚めはこのように、突然にあらぬ方角からやってきて、抜き難い記憶としておのれにからみつき、離れることがない。『白鳥の歌』(1996)所収。(清水哲男)




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