風に乗って花火の音や東京音頭が流れてくる。ニッポンの夏。キンチョーの蚊取り線香は必要ないが。




2000ソスN7ソスソス28ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 2872000

 にごり江を鎖す水泡や雲の峰

                           芝不器男

がった説に、「雲の峰」は陶淵明の詩句にある「夏雲多奇峯」に発したと言う。そんなことはないだろう。わざわざ外国人に教えられなくても、巨大な積乱雲を山の峯に見立てるなどは幼児にだってできる。教養の範疇に入る比喩じゃない。ときに学者は、おのれの教養に足下をすくわれる。掲句の「鎖す」は「とざす」、「水泡」は「みなわ」と読む。入江には流れてきた芥の類がたまっていて、腐乱物の発生するガスによる「水泡」がぶつぶつといくつも浮いている。茶色っぽくてきたならしい水の泡たち。見ているだけで暑苦しいが、空にはいくつもの「雲の峰」が立っており、その影をまた「にごり江」がうつしている。暑さも暑し、炎暑もここに極まったような情景だ。江戸期より「雲の峰」の作例には、積乱雲のエネルギーを讚える句が多いが、掲句は逆で、エネルギーに圧倒されている弱い心を詠んでいる。「にごり江」に、みずからの鬱屈した思いを投影しているのだろうか。でないと、わざわざ「にごり江」に見入ったりはしないだろう。地味な写生句だが、写生が写生を乗り越えていく力を感じさせられる一句だ。飴山實編『麦車』(1992)所収。(清水哲男)


July 2772000

 運河悲し鉄道草の花盛り

                           川端茅舎

道草(てつどうぐさ)は、北アメリカ原産の雑草だ。日本名で正式には「ヒメムカシヨモギ」と言う。明治期に外国から渡来したので「明治草」「御一新草」とも。日本中のいたるところに生えており、鉄道沿いによく見られるので、この名がついたようだ。ゆうに子供の背丈くらいはあり、小さくて寂しい緑白色の花をつける。この花が群生しているだけで「荒涼」の感を受けるが、掲句のように運河沿いにどこまでも「花盛り」となると、もっとその感は深いだろう。誰も「花盛り」など言わない花だから、なおさらに荒涼感が増幅される。毎年の記憶として、とにかく暑い時期の花だと思っていて、すっかり花期は真夏だと信じ込んでいたけれど、調べてみたら秋の季語だった。といっても、立秋過ぎの残暑厳しいころの花として分類されているようだが……。ところで、調べているうちに「ヒメムカシヨモギ」と詠んだ句に遭遇した。飯田龍太の「ヒメムカシヨモギの影が子の墓に」である。「子の墓」ゆえに、知りつつも「鉄道草」とは詠まなかった親心。生きていれば「ヒメムカシヨモギ」くらいの背丈にはなっていたろうに、いまとなっては「影」ですらないのである。青柳志解樹編『俳句の花・下巻』(1997・創元社)所収。(清水哲男)


July 2672000

 今生の汗が消えゆくお母さん

                           古賀まり子

の死にゆく様子を「今生の汗が消えゆく」ととらえた感覚には、鬼気迫るものがある。鍛練を重ねた俳人ならではの「業(ごう)」のようなものすらを感じさせられた。生理的物理的には当たり前の現象ではあるが、血を分けた母親の臨終に際して、誰もがこのように詠めるものではないだろう。この毅然とした客観性があるからこそ、下五の「お母さん」という肉声に万感の思いが籠もる。表面的な句のかたちに乱れはないけれど、内実的には大いなる破調を抱え込んだ句だ。作者には「紅梅や病臥に果つる二十代」に見られる若き日の長い闘病体験があり、また「日焼まだ残りて若き人夫死す」がある。みずからの死と隣り合わせ、また他人の死に近かった生活のなかでの俳句修業(秋桜子門)。掲句は、その積み上げの頂点に立っている。この場合に「鋭く」と言うのが失礼だとしたら、「哀しくも」立っている……。「お母さん」の呼びかけが、これほどまでに悲痛に響く俳句を、少なくとも私は他に知らない。「汗」という平凡な季語を、このように人の死と結びつけた例も。『竪琴』(1981)所収。(清水哲男)




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