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June 1862000

 老境や空ほたる籠朱房垂れ

                           能村登四郎

の「ほたる籠」は、とてつもなく大きく感じられる。人間の乗る籠くらいには思える。「空(から)」が空(そら・くう)を思わせ、「朱房」が手に重い感覚を喚起するからだ。もとより、作者が見ているのは、細くて赤い紐のついた普通の小さな蛍籠だろう。句のどこにも大きく見えるとは書いてないけれど、それが大きく感じられるのは「老境」との響きあいによるものだ。老境にはいまだしの私が言うのも生意気だが、年齢を重ねるに連れて、たしかに事物は大きく鮮明に見えてくるのだと思う。事物の大小は相対的に感じるわけで、視線を活発に動かす若年時には、大小の区別は社会常識の範囲内に納まっている。ところが、身体的にも精神的にも目配りが不活発になってくる(活発に動かす必要もなくなる)と、相対化が徹底しないので、突然のように心はある一つのものを拡大してとらえるようになる。単なる細くて赤い紐が、大きな朱房に見えたりする。そのように目に見えるというよりも、そのように見たくなるというべきか。生理的な衰えとともに、人は事物を相対化せず、個としていつくしむ「レンズ」を育てていくようである。「老境」もまた、おもしろし。一抹の寂しさを含んだうえで、作者はそのようなことを言いたかった……。『菊塵』(1988)所収。(清水哲男)


July 1872001

 青草をいつぱいつめしほたる籠

                           飯田蛇笏

読、微笑を誘われた。そして、思い出した。子供の頃にホタルを採るのはよいとして、心配だったのは「ほたる籠」に入れた後のホタルの世話である。ぜんたい、何を食べるのかもわからない。子供にホタルの光を観賞しようというような風流心は希薄だから、採ったらずうっと飼う気持ちなのである。飼うためには、どんなことをすればよいのか。大人に聞いてみても、無情に「はて……」などと言う。ノウハウがない。仕方がないので、そのうちに、ホタルのいる環境を「ほたる籠」のなかに作ってやることを思いつく。私の場合も適当に青草を敷いて、少し水を含ませた。句の子供はまだ小さいから、お兄ちゃんたちの見よう見真似で敷いたのはよいが、青草をぎゅう詰めにしてしまっている。でも、得意満面だ。おいおい、それではホタルを入れられないよと、作者は苦笑もし微笑も浮かべているのである。一つ一つ、こんなことを経験しながら、子供は育っていく。作者も、おそらくは遠い日のことを思い出しているのだろう。季語は「ほたる(蛍)」ではなく「ほたる籠(蛍籠)」。私のころは、竹製のものが多かった。『新日本大歳時記・夏』(2000)所載。(清水哲男)


June 0962005

 異腹の子等の面輪や蛍籠

                           西島麦南

語は「蛍籠」で夏。作者の私生活のことは何も知らないので、この「子等」が実子なのか他人の子供なのかは、句だけからではわからない。二人の子供が頬を寄せあうようにして、一つの蛍籠をのぞきこんでいる。その様子を作者が微笑しつつ眺めている図だが、実は二人の子供の母親はそれぞれに違うのだ。この関係を俗に「異腹」と言い、作者は「ふたはら」と読ませている。が、調べてみると『広辞苑』などには「いふく」ないしは「ことはら」の読みで載っていて。「ふたはら」の読みはない。「ふたはら」の読みのほうが、より直裁的で生臭い感じがするが、句の情景にはぴったりだ。子供等はもちろん、作者も普段はさして気にかけてはいないことだけれど、こうやって二人が「面輪(おもわ)」を並べていると、やはり胸を突かれるものがある。似ているところもあるが、やはりそれぞれに異なる母親の面輪も引き継いでいる。血は争えない。もしかすると、まだ幼い二人にはこの事実は告げられていないのかもしれず、だとしたら、作者は気づいた途端にすっと二人から目を外しただろうか。子供等の無心と親(大人)の有心と……。蛍籠の醸し出す親和的な時空間に、思いがけずも吹き込んできた生臭いこの世の風である。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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