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May 1752000

 女知り青蘆原に身を沈む

                           車谷長吉

書に「播州飾磨川」とある。作者の故郷の川だ。俳句ではなかなかお目にかかれない題材だが、小説家の作者にしてみれば「イロハ」の「イ」の字くらいのテーマだろう。生い茂る蘆の原に身を沈めたのは、気恥ずかしい気持ちからではない。異性を知るとは人生の一大事であり、その一大事を通過したときの虚脱感のような感覚を詠んだ句だ(と読んだ)。要するに「へたりこんだ」というに近い感覚で、だから「沈め」と止めて気取る力もなく「沈む」と言ったわけだ。背丈よりもはるかに高い青蘆の原に身をへたりこませて、半ば茫然としている若き日の作者の心持ちに、状況は違っても思い当たる読者も多いのではないか。近所に青蘆原でもあったら、私も作者と同じ行動に出ただろうと、句を読んでしみじみと思う。車谷長吉さんとの付かず離れずの長いつきあいで思い出すのは、もう三十年も昔に、角川文庫の『西東三鬼句集』を何度となく貸し借りして読み合ったことだ。彼はそのころから、神経のピリピリするような繊細な筆致で小説を書いていた。ぼおっと、蘆原にへたりこんでいるだけじゃなかった。『業柱抱き(ごうばしらだき)』(1998)所収。(清水哲男)




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