NY株下落を受けた東京市場は? 大多数の人が関与できない相場で、生活が揺さぶられる理不尽。




2000ソスN4ソスソス17ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 1742000

 天が下に風船売となりにけり

                           三橋鷹女

語は「風船」で、春の句。作者自身が「風船売」になったのではない。そのようにも読めるが、街で「風船売」を見かけて、すっと自分の心を重ねて詠んだ句だ。ただし、重ねたとはいっても、境遇や存在そのものを重ねたのではなく、「なりにけり」という感慨の部分で「風船売」と自分とを重ね合わせている。平たく言えば、彼は「風船売」、こちらは「俳句売」、いずれにしても「なりにけり」なのであり、もはや「風船売」も「俳句売(俳人)」も後戻りはできない。人生、お互いに取り返しはつかないのである。どちらの職業がどうなどと、言っているわけでもない。もはや、これまで。お互いに、ほとんど空気を売っているようなもので……と、いささかの自嘲も込められている。この句の諧謔性(飄逸味)を高く評価する人もいるけれど、諧謔を越えたなにやらしんみりとした味わいのほうへと、私の感受性は自然に動いてしまう。どんな職業の人であろうとも、いつしか「なりにけり」の感慨を持ちはじめるだろう。その職業に、満足しているかどうかは別問題だ。人生はおそらく「なるようにしかならぬ」のではなくて、結局は「なりにけり」にしか「ならぬ」のである。掲句は、そういうことを言おうとしている。『白骨』(1952)所収。(清水哲男)


April 1642000

 耕人に傾き咲けり山ざくら

                           大串 章

の段々畑。作者は、そこで黙々と耕す農夫の姿を遠望している。山の斜面には一本の山桜があり、耕す人に優しく咲きかかるようにして花をつけている。いつもの春のいつもと変わらぬ光景だ。今年も、春がやってきた。農村に育った読者には、懐しい感興を生む一句だろう。「耕人」という固い感じの文字と「山ざくら」というやわらかい雰囲気の文字との照応が、静かに句を盛り上げている。作者自註に、こうある。「『傾き咲けり』に山桜のやさしさが出ていればよいと思う。一句全体に生きるよろこびが出ていれば更によいと思う」。山桜の名所として知られるのは奈良の吉野山だが、このようにぽつりと一本、人知れず傾き立っている山桜も捨てがたい。古来詩歌に詠まれてきた桜は、ほとんどが「山桜」だ。ソメイヨシノは明治初期に東京の染井村(豊島区)から全国に広まったというから、新興の品種。あっという間に、桜の代表格の座を占めたようだ。だから「元祖」の桜のほうは、わざわざ「山桜」と表記せざるを得なくなったのである。不本意だろう。『朝の舟』(1978)所収。(清水哲男)


April 1542000

 野遊びの皆伏し彼等兵たりき

                           西東三鬼

地よい春の日差しを浴びて、のんびりと野に憩う仲間たち。楽しい一時だ。吟行の途次であるのかもしれない。そのうちに、一人二人と芳しい草の上に身を横たえはじめた。が、気がつくと、彼等はみな腹ばいになっている。一人の例外もなく、地に伏せている。偶然かもしれないが、仰向けになっている者は一人もいないのだ。その姿に、三鬼は鋭くも戦争の影を認めた。彼らは、かつてみな兵士であった。だから、こうして平和な時代の野にあるときでも、無意識に匍匐の姿勢、身構えるスタイルをとってしまうのである。兵士の休息そのものだ。習い性とは言うけれど、これはあまりにも哀しい姿ではないか。明るい陽光の下であるだけに、こみあげてくる作者の暗い思いは強い。「兵たりき」読者がおられたら、一読、たちどころに賛意を表される句だろう。明暗を対比させる手法は俳句のいわば常道とはいえ、ここまでの奥深さを持たせた句は、そうザラにあるものではない。『新改訂版 俳句歳時記・春』(1958・新潮文庫)所載。(清水哲男)




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