蟄」隱槭′譚峨ョ闃ア縺ョ句

April 1242000

 次の樹へ吹き移りゆく杉花粉

                           右城暮石

戦後の一時期は、全国的に杉の木の植樹奨励時代でした。小学生だった私たちも授業の一環として、よく山に出かけて植えさせられたものです。そんなわけで、私などは四囲を杉に囲まれて育ちました。「杉の花」(春の季語)は花としては地味ですが、花粉の飛ぶ様子には凄いものがあります。風が吹くと、さながら煙のように飛散し移動し、この句はよくその様子をとらえています。圧倒的な飛散の光景は、まさに「吹き移りゆく」というしかありません。しかし、この様子がまさか後になって、「花粉症」なるアレルギー症状を引き起こすなど想像の埒外でした。幸いにも、私は花粉症とは無縁で来ていますが、周囲には今春になって突然発症した人もいて、お気の毒です。最近の歳時記のなかには、季語として「花粉症」を独立した項目に登録している本もありますし、句も数多く作られるようになってきました(当歳時記では「杉の花」の小項目に分類)。花粉症の方は見るのもいやかと思いますが、例句を二句あげておきます。「七人の敵の一人は花粉症」(伊藤白湖)、「花婿がよもやの花粉症なりし」(大庭三千枝)。いずれも、花粉症ではない作者が戸惑っている図ですね。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


March 2332002

 美しき名を病みてをり花粉症

                           井上禄子

語は「花粉症」で春。といっても、ようやく最近の歳時記に登録されはじめたところで、分類も「杉の花」の一項目としてである。幸いにも、私は花粉症を知らないが、多くの友人知己がとりつかれており、見ているだけで息苦しくも気の毒になる。なかにはアナウンサーもいて、職業柄、これはまさに死活問題。ついこの間も、彼が必死の放送を終えると、気の毒に思ったリスナーからよい医者を紹介したいと善意のファクシミリが届き、診療時間を調べてみたら、どの曜日も彼の仕事時間と重なっていた。「ああ」と、彼は泣きそうな顔で苦笑いを浮かべていた。だから、花粉症の人々にとっては、掲句を観賞するどころか、むしろ腹立たしいと思う人が多いかもしれない。作者が自分のことを詠んだのだとしたら軽度なのだろうが、しかし、他人のことにせよ、「美しき名を病みてをり」には一目置いておきたい気がする。たまたま読んでいた金子兜太の『兜太のつれづれ歳時記』に、関由紀子の「水軽くのんで笑って花粉病」に触れた文章があった。花粉症ではなく「花粉病」だ。「『病』が効いていて、『花粉に病む』などとどこかの美女麗人を想像させてくれる」とあり、掲句の作者と同様に、病名(症名)そのものへ美意識が動く人もいるのだと、妙に感じ入った次第だ。ちなみに、兜太自身も六十代には花粉症に悩まされたと書いてあった。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


February 2522003

 仮の世をくしゃみの真杉花粉

                           汎 馨子

京あたりでも、そろそろ「杉花粉」が飛びはじめる。私の番組でも、来週から情報を入れることにした。幸い、私は花粉症にかからずに来たけれど、周囲では年々発症する人が増えているようなので、油断がならない。ひどい人の症状は、見ているだけで、こちらも苦しくなってくるほどだ。これからの季節、保健所は「外出を避けるように」と言うが、避けられるものなら、言われなくたって誰だって避けるさ。インフルエンザ流行のときにも同じことを言う。どうも保健所というところは、掲句ではないけれど、この世を「仮」と思い定めているようだ。さて、句の「真」は「まこと」と読む。この世を「仮」と思い定めてはいるものの、止めようにも止められない「くしゃみ」が、その強固な観念をもあっさりと裏切ってしまう。身体の調子が精神のそれを崩すという現象が、すなわち病気の一面であるわけだが、それも「くしゃみ」ごときにやられてしまうのだから、花粉症とは口惜しい病気だ。病状がまず「くしゃみ」となって現れるがゆえに、句は余計にアイロニカルに響いてくる。軽そうに見えて、しかし決して軽くはない苦い一句だ。お大事に。『未完童話』(2002)所収。(清水哲男)


March 0432016

 雁帰る千年分の涙溜め

                           山下知津子

年分の涙というから個としての自分亡きあと人の世の代々までの哀しい涙である。雁は北の大陸で繁殖し十月半ばを過ぎるころ日本へ渡ってくる。この雁が春三月ころから大陸への帰途につく。ざっくりと秋分に来て春分に帰ると覚えている。思えば2011年3月11日に東北に大震災が襲った。あれからもう五年、今年もまた春が巡って来た。忘れえぬ悲しみの涙を溜めつつ、空の高みを「棹になり鉤になり」雁が帰ってゆく。他に<三月のわが誕生月をかなしめり><あの日まで杉花粉のみおそれゐし><生も死も抱きてしだれざくらかな>など。「俳句」(2014年5月号)所載。(藤嶋 務)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます