さあ、はじまるぞ。はじまるのはいいがチケットが高すぎる。東京ドームS席が5900円とは何だ。




2000ソスN3ソスソス31ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 3132000

 世の中は三日見ぬ間に桜かな

                           大島蓼太

の「世の中」は、自然的環境を指している。戸外、周囲の意味。「あな寒といふ声、ここかしこに聞ゆ。風さへはやし。世の中いとあはれなり」(『蜻蛉日記』下)の用法だ。句意は説明の必要もあるまいが、桜の開花のはやさを言ったもの。たしかに、咲きはじめると、すぐに満開になってしまう。散るのも、またはやい。ところで、この句を諺か警句みたいな意味で覚えている人がいる。いや、そう覚えている人のほうが多いかもしれない。「世の中」を社会的環境ととらえ、桜花の咲き散るようなはやさで、社会は変化するものだという具合に……。落語のマクラにも、その意味でよく使われる。ただし、こういうふうに覚えている人は、たいてい原句を間違ってそらんじているのが普通のようだ。「世の中は三日見ぬ間に桜かな」ではなく「世の中は三日見ぬ間桜かな」と、助詞を勝手に入れ替えている。「に」と「の」の入れ替え。なるほど、これでは警句に読めてしまう。無理もないか。たった一文字の違いによる、この激しい落差。地下の作者は泣いているだろう。蓼太(りょうた)は、18世紀の江戸に住んだ俳人。信州出身とも伝えられるが、出自は明らかでない。『蓼太句集』所収。(清水哲男)


March 3032000

 検眼のコの字ロの字や鳥雲に

                           林 朋子

に帰っていく鳥たちは雲に入るように見えることから、春の季語「鳥雲に(入る)」ができた。「鳥帰る」の比喩的な表現。一所懸命に「コの字」や「ロの字」を見つめていた作者が、検眼を終えて窓外の空に目をやると、いましもはるかな雲のなかに鳥たちが入っていく姿が見えた。近距離の検眼表からかなたの鳥たちへと、無理なく視線が移動している。意表をついた発想とも言えるが、視線の動きはあくまでも自然であり、なめらかだ。ここが、句のポイント。次に、検眼記号をカタカナに見立てたところを子供の発想として読むと、句は追想句となる。言外にこめられた子供時代の甘酸っぱい思い出……。私はそのように読んで、これが抒情性を増幅させる肝心なポイントだと思った。余談になるが、私は子供のころに目がよすぎて、検眼の時はかえって恥ずかしかった。2.0あたりはわざと間違えて、常に1.5でとどめることにしていた。そんなふうだったので、戦国時代に生まれていたら、高い木にでものぼって「見張り」が勤まるから楽だったろうなと、暢気なことを考えていたっけ。四十代まで、目の不自由を感じたことはなかった。いまは罰が当たったけど。これでは、目の句は作れない。作者の視力は健常なのか、それとも……。『森の晩餐』(1994)所収。(清水哲男)


March 2932000

 下萌にねじ伏せられてゐる子かな

                           星野立子

の子の喧嘩だ。取っ組み合いだ。「下萌(したもえ)」というのだから、草の芽は吹き出て間もないころである。まだ、あちこちに土が露出している原っぱ。取っ組み合っている子供たちは、泥だらけだ。泥は、無念にも「ねじ伏せられてゐる」子の顔や髪にも、べたべたに貼りついているのだろう。それだけの理由からではないが、どうしても「ねじ伏せられてゐる」子に、目がいくのが人情というもの。通りかかった作者は「あらまあ、もう止めなさいよ」と呼びかけはしたろうが、その顔は微笑を含んでいたにちがいない。元気な子供たちと下萌の美しい勢いが、春の訪れを告げている。取っ組み合いなど、どこにでも見られた時代(ちなみに句は1937年の作)ならではの作品だ。句をじっと眺めていると、この場合には「ゐる」の「ゐ」の文字が実に効果的なこともわかる。子供たちは、まさに「ゐ」の字になっている。これが「い」では、淡泊すぎて物足りない。旧かなの手柄だ。私も「ねじ伏せられたり」「ねじ伏せたり」と、短気も手伝って喧嘩が絶えない子供だった。去年の闘魂や、いま何処。『立子句集』(1937)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます