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February 2322000

 なずな咲くてくてく歩くなずな咲く

                           小枝恵美子

ずな(漢字では「薺」と難しい字を書く)は、陰暦正月七日の七種粥に入れる七草の一つなので、単に「なずな」だと、歳時記的には「新年」に分類される。が、花が咲くのは早春から梅雨期にかけてであり、掲句の場合には「薺の花」で春。またの名を「ぺんぺん草」とも「三味線草」とも言う(こちらのほうがポピュラーか)。さて、この句の魅力は「てくてく」にある。「歩く」といえば「てくてく」など常套的な修辞でしかないが、実にこの「てくてく」の用法は素晴らしい。いたるところに咲いているなずなの道を行く気分は、別にいちいち花を愛でながらというわけでもないので、むしろ常套的な「てくてく」がふさわしいし、句の情景を生き生きとさせている。「むしろ技巧的に思われるほどだ」と句集の栞で書いた池田澄子は、さらにつづけて「そこここに咲いている『なずな』と、そのことを喜び受け止めながら歩いている人物は、春を輝く万物の細部としての代表である」と述べている。これまた素晴らしい鑑賞だ。春の道は、こんなふうに「てくてく」と歩きたい。なお「なずな」を「ぺんぺん草」「三味線草」と呼ぶのは、その実を三味線のバチに見立てたことにちなむそうだ。今日調べてみるまでは、つゆ知らなかった。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)


June 2762000

 夢に見し人遂に来ず六月尽く

                           阿部みどり女

句集に収められているから、晩年の病床での句だろうか。夢にまで見た人が、遂に現れないまま、六月が尽(つ)きてしまった。季語「六月尽(ろくがつじん)」の必然性は、六月に詠まれたというばかりではなく、会えないままに一年の半分が過ぎてしまったという感慨にある。作者はこのときに九十代だから、夢に現われたこの人は現実に生きてある人ではないように思える。少なくとも、長年音信不通になったままの人、連絡のとりようもない人だ。もとより作者は会えるはずもないことを知っているわけで、そのあたりに老いの悲しみが痛切に感じられる。将来の私にも、こういうことが起きるのだろうか。読者は、句の前でしばし沈思するだろう。同じ句集に「訪づれに心はずみぬ三味線草」があり、読みあわせるとなおさらに哀切感に誘われる。「三味線草」は「薺(なずな)」、俗に「ぺんぺん草」と言う。そして掲句は、こうした作者についての情報を何も知らなくとも、十分に読むに耐える句だと思う。「夢に見し人」への思いは、私たちに共通するものだからである。虚子門。『石蕗』(1982)所収。(清水哲男)


April 2142005

 よく見れば薺花さく垣ねかな

                           松尾芭蕉

語は「薺(なずな)の花」。春の七草の一つで、実の形が三味線のバチに似ていることから、俗に「ぺんぺん草」あるいは「三味線草」と言うが、こちらの名前のほうがポピュラーだろう。日頃見慣れている「垣ね」に何気なく目をやったら、いつもの趣とはちょっと違うことに気がついた。何やら小さな白いものが混じっている。そこで「よく見た」ところ、薺の花だったと言うのだ。見たままそのまんまを描いているだけなので、思わず「それはわかりましたが、それがどうかしたのですか」と聞きたくなる読者もいそうである。少なくとも、かつての私はそうだった。が、よくよく繰り返し考えるうちに、この句は薺の花を発見する以前の垣根の変化への気づきを書いたのだと思えてきたのだった。つまり「よく見れば」の前の「よく見ない」状態のときに、ふっといつもとは違う風情を感じたそのことを詠んだのだと……。句に書かれていることは、その気づきが外れていなかったことの証明書みたいなものに過ぎなく、作者はむしろそれ以前の段階での感覚的な世界をこそ指さしたかったのではあるまいか。すなわち、季節の移ろいとともに微細に変化する自然に、いちはやく気づいたことへの喜びと、もう一つはむろん待ちかねた春到来の喜びとが重ねあわされているのだ。わざわざ「よく見れば」を初句に置いたのは、まだ「よく見ない」ときに感じた嬉しい心持ちの強さをあらわしているのだと思う。(清水哲男)


February 0522006

 ひらがなはつつしみふかしせりなずな

                           富田敏子

語は「せり(芹)」と「なずな(薺)」で,春と新年。一応このように分類はしておくが、掲句の趣旨に沿えば、むしろまとめて「春の七草」としたほうがよいのかもしれない。そしてたしかに句が言うように、「せり」や「なずな」の表記は漢字や片仮名のそれよりも「つつしみふかさ」が感じられる。慎み深い表記であるがゆえに、そこにはぽっと早春の気配が立ちこめるのだ。私たちが平仮名表記にやわらかな「つつしみふかさ」を感じるのは、漢字を極端に崩した草書体という外見上の要素もあるけれど、もう一つはほとんど無意識のうちに、平仮名が置かれてきた歴史的文化的な土壌に反応するからではあるまいか。漢字が公用語であった大昔に、平仮名はいわば私的な表現用途のために発達した。平安時代の女流文学、あるいは男の書くものでも和歌の世界などで用いられ、それが積み重ねられるうちに、人の心の襞を描くのを得意とする文字として定着したようである。理論的には,同じ表音文字である片仮名(ローマ字を含めてもよいが)でもそのようなことを表記できない理由はないのだけれど、その歴史的発展形態が記号的であったために、なんとなく私たちは違和感を覚えてしまうのだと思う。私が学齢期のときには、まず片仮名を教えられた。現在は,平仮名を先に教えている。子供にとって読み書きともに難しいのは、だんぜん平仮名のほうだろう。それでも最初に平仮名を教えるのは、善意で考えて、平仮名の持つ豊潤な歴史や文化を感覚的に継承させようとする教育意図があるからなのだろう。『ものくろうむ』(2003)所収。(清水哲男)


May 1752011

 田水張る静謐といふ四角形

                           安徳由美子

前は6月上旬に一斉にしていた田植えも、現在ではゴールデンウイークに合わせて早めになったという。田植えを前に土をおこしたり、畦を作ったり、下準備を経て、いよいよ水を満たした田は、凛と張りつめした静謐そのものといった風情になる。全面に空を映し、鳥の影が渡り、わずかな風にささやかなさざ波を立てる。頼りない苗が風になびく植田は、青々と力強い青田へ、そして秋には黄金色の稲穂が揃う。この美しい移り変わりが、都会ではもう間近には見られないようになってしまった。田の漢字のありようが、耕作地と畦道であることをいつまでも当然と思いたいものだ。今月末、ようやく雪が消えて、準備が整った新潟に田植えをさせてもらいに行く。機械が余した片隅や変形部分を手植えする補植を体験する。はたして手伝いになるのか、どうか。しかし田水の張った聖なる四角に足を踏み入れるチャンスに、胸は高鳴るばかりである。〈ひしひしと我一人なり春の暮〉〈この坂を上れば未来花なづな〉『藻の花明かり』(2011)所収。(土肥あき子)




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