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February 0722000

 東風吹かばポテトチップス歩み来る

                           小枝恵美子

風(こち)には「荒東風」という言い方もあるように、春先に吹くやや荒い風のことだ。「春風」の駘蕩とした柔らかさは、まだない。が、冬の間の北風が東からの風に変わってきただけでも、春本番も間近と思えて、気分はなごんでくる。そんな嬉しさのなかで、掲句は発想された。まさか「ポテトチップス」が歩いて来るわけもないけれど、あのシャワシャワとざわめくような感触が、よく「東風」の体感とつり合っている。リズムも軽快で、理屈抜きに楽しい句だ。「ポテトチップス」は季節を問わない食べ物ではあるが、こう詠まれてみると、早春にいちばん似合う菓子だと思えてくるから不思議な気もする。作者の感覚の勝利である。この種の句は、たくらんだり推敲を重ねたりして出来るものではないだろう。その時その場の感覚の瞬発力で、それこそ理屈抜きに書きとめてしまう必要がある。このように、俳句にはとっさの感応に呼応する受け皿も、伝統的にちゃんと用意されており、そこが常に構築を要求する(かのような)他ジャンルの文芸とは大いに違うところだ。詩の書き手としては、妬ましくもうらやましいと言っておくしかない。『ポケット』(1999)所収。(清水哲男)


February 0922001

 東風ほのかメランコリックな犬とゐて

                           小倉涌史

風駘蕩というときの風とは違って、一般的に「東風(こち)」はまだやや荒い感じの春先の風を言う。しかし揚句では、それが「ほのか」と言うのだから、むしろこの時季にしては柔らかい風を指している。本格的な春の訪れを、どことなく予感させる風だ。なんとなく嬉しい気分で、作者は犬といっしょにいる。散歩だろうか、それとも餌をやっているのだろうか。いずれにしても、ミソは「メランコリックな犬」だ。犬を飼った経験はないが、言われてみると「メランコリックな犬」はいるような気がする。憂鬱そうな犬、沈痛な物思いにふけっているような犬……。犬にも「春愁」の感があるような……。飼っていないので、たまに見かける犬の印象でしかないけれど、飼い主の作者に言わせれば「おい、どうしたんだよ」という気持ちなのだろう。でも、わざわざ「メランコリックな」と横文字で表現したところからすると、事態はさして深刻ではない。すなわち、見慣れている不機嫌に「またか」と、ちょいと洒落れた横文字の衣装を着せてみたというところか。着せる気になったのは、作者自身はもう「東風ほのか」だけで上機嫌だからだ。体調も、すこぶるよくて、ほとんど「♪何をくよくよ川端柳」の心地だからである。作者は、ここで「メランコリックな犬」をしり目に、一つ大きく伸びくらいしたかもしれない。そして犬はといえば、あいかわらず「ムーッ」としている。このコントラストを想像すると、自然に微笑がわいてくる。何度か書いたが、小倉さんは当ページ作りの協力者だった。揚句を作ってから、ほぼ二年後に他界された。享年五十九歳。しかし、そのことで私自身が揚句にメランコリックになりすぎるのは、かえって失礼になるだろう。『受洗せり』(1999)所収。(清水哲男)


April 1242001

 夕東風や銭数えてる座頭市

                           小沢信男

頭(ざとう)とは、元来が琵琶法師の座に属する剃髪した盲人の官位を指す。近世になると、琵琶を演奏するだけではなく、一方で按摩や金貸しなどを業とした。転じて、盲人の意味もある。江戸期、そんな盲人の一人に「座頭市」と呼ばれた凄い男がいた。子母沢寛の随筆にほんの数行だけれど、按摩にして居合い抜きの達人がいたと出てくる。この数行をふくらませたのが京都大映の脚本家・犬塚稔で、それまでは白塗りで鳴かず飛ばずだった勝新太郎をスターの座に押し上げてしまった。「座頭市シリーズ」である。第一作目は『座頭市物語』(1962)。下総の大親分・飯岡助五郎一家に草鞋を脱いだ座頭市は、賭場では目明き以上の眼力を発揮したし、仕込み杖を逆手に握った居合い抜きの冴えには恐るべきものがあった。それが浮き世のしがらみから、お互いに剣の実力を認め合っている笹川繁蔵の用心棒・平手造酒との直接対決となる。このあたりは、むろん脚本家のフィクションだ。映画なので、座頭市が勝つ。勝つのだが、好まざる命のやりとりに空しさを覚えた座頭市が下総を去っていくところで、映画は終わる。前説が長くなったけれど、掲句はそよそよと心地よく吹く夕東風のなかで、座頭市が真剣な手つきで銭を数えている。それも、按摩の仕事で得た小銭をだ。仕込み杖さえ使う気になれば大金が転がり込んでくるというのに、それをしないで真っ当に按摩で稼いだ銭をいとおしんでいる。その姿を、作者もまたいとおしんでいる。春の夕景は、こうあってほしいものだ。このわずかな銭を元手に、これから彼がちんけな賭場に上がり込むにしても、だ。平手造酒とは違って、座頭市は身をやつしているわけじゃない。居合い抜きの名手であることも、彼にとって社会的な価値でも何でもない。あんなに腕が立つのなら、もっとよい暮らしができるのにと思うのは、現代人の見方。そうはいかなかったのが、江戸という時代だ。そのへんの事情にも、作者の思いはきちんと至っている。文芸同人誌「橋」(第16号・2001年4月)所載。(清水哲男)


March 0132006

 荒東風や喉元にある別の声

                           石原みどり

語は「(荒)東風(こち)」で春。冬の季節風である北風や西風が止むと、吹いてくる風だ。春の風ではあるが、まだ暖かい風とは言えず、寒さの抜けきれぬ感じが強い。菅原道真の歌「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな(「春な忘れそ」とも)」は有名だ。その東風の強いものを「荒東風」と呼ぶ。掲句は、そんな強風を「声」の様子で描いたところがユニークだ。あまりに風が強いために、自分の声が自分のそれではないように聞こえている。「喉元」では、たしかに自分の声として発しているのだけれど、出てくる声は似ても似つかない感じなのだ。したがって「喉元に別の声」というわけで、なんだか滑稽でもあり、情けなくもあり……。こういう体験がないので実感できないのは残念だが、要するに声の根っ子が安定していないので、「ふはふは」言ってる感じになるのだろうか。話は少しずれるけれど、声とはまことに微妙な産物で,こうした尋常ならざる条件下ではなくても、常に発声は不安定だと言っても過言ではないだろう。放送スタジオで、長年ヘッドホンをかぶって自分の声を聞いてきた体験からすると、毎日同じ声を出すなんてことはとてもできない相談である。毎日どころか、ちょっとした条件の違いで、そのたびに「喉元に別の声」があるような気にさせられてしまう。ましてや掲句のような大風ともなれば、如何ともし難い理屈だ。それにしても、面白いところに目をつけた句だと感心した。『炎環 新季語選』(2003)所載。(清水哲男)


April 1742009

 顔振つて童女駆けゆく桜ごち

                           岡本 眸

ちは東風のこと。ひとの句を見て才能を感じるところは、自分だったらこう書けるだろうかというのが基準。この句の「見せ場」は「顔振つて」だ。それは誰しも認めるところだろう。この表現が発見されるか否かが秀句と駄句の分水嶺だ。そして、これを発見した喜びのあまり、凡俗はここで安心して「少女」か「少年」を持ってくるだろう。「少年」は字余りだからやはり「少女」かもしれない。一般的情緒が読者を納得させるだろうし、既に「見せ場」は抑えてある。「少女」をもってくる動機は十分だ。しかし、本当の才能はここからだ。「童女」は正真正銘の才能を感じさせる。少女という言葉が女性の年齢的な範囲を曖昧にしか示せないことと、駆けゆく少女がいかに手垢にまみれたロマンへの入口になるかを熟知している作者は「少女」を忌避し、「童女」を用いたのだ。勝負が決まったと思われた時点でもうひとつ上の段階が待っている。季題「桜ごち」は童女が駆けてゆく風景の構成での一般性を意識している。「写生派」を選択した俳人は「一般性」を完全に捨て去ることは難しい。講談社版『新日本大歳時記』(2000)所収。(今井 聖)




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