夜がまた来る、思い出連れて…。小林旭の渡り鳥はカッコよかった。夜長にふと思い出した。




1999ソスN12ソスソス15ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

December 15121999

 山国に来て牡蠣の口かたしかたし

                           矢島渚男

のまま解釈すれば、海のものである牡蠣(かき)がはるばると山国にやって来て、いざ貝殻をこじ開けようとしても、固くてなかなか開かないということだ。そして、この事実の上に、作者は山国の人の口の重さを乗せている。俗に「牡蠣のように押し黙る」という。ちょっとした宴席ででもあろうか。旅人としての作者が、何を尋ねても、誰もが寡黙なのである。よそ者には山国の人間として対するのではなく、あたかも海の者のようにしか応対しないという構図。皮肉たっぷりの句だ。山国育ちだから、私にはこの応接ぶりがよくわかる。そのあたりを象徴しているのが、旅館の食事メニューだろう。どんなに草深い田舎の旅館に泊まっても、ちゃんと海のものである刺し身と海老フライなんかが出てくる。もとより新鮮ではありえないから、食べて美味いものではない。旅の身としては、よほど地元の川魚や山菜のほうが食べたいのに、そうは応接してくれないから厄介だ。「ご馳走」ではなくて「見栄」を食わされているのだと、いつも思ってしまう。作者は長野県丸子町の在。旅人としてではなく、地元への愛憎半ばした一句と読むこともできるが……。『天衣』(1987)所収。(清水哲男)


December 14121999

 枯草にキャラメルの箱河あわれ

                           金子兜太

岸の枯草のなかに、キャラメルの白茶けた空き箱が捨てられている。よく見かける光景だ。もっと暖かい時季に、どこかの子供が遊びに来て捨てていったのだろう。ここで作者は「ポイ捨て」はいけないなどと、公衆道徳的な反応はしていない。荒涼たる冬の河岸に、元気な子供の走り回る姿を二重写しにして、「あわれ」と言っている。「あわれ」は「哀れ」ではなく、何かいとおしいような感情がにじみ出てくる状態を指している言葉だ。すべてのゴミは、かつては人間とともにあった物である。したがって、この物とともに確かに人間がいたという「存在証明」なのである。だから、ゴミは単に穢い物体ではありえない。何年か前に、ドイツ領内を流れるエルベ川のほとりに立ったとき、ひどく河岸がきれいなことに違和感を覚えた。聞いてみると、河岸は立ち入り禁止なのだという。なるほど、キャラメルの箱一つ落ちていない理屈だ。まことにクリーンな光景というのも、案外と薄気味が悪いなと思ったことを覚えている。だから、かなり日本語のできるドイツ人が読んでも、句の「あわれ」はおそらく「哀れ」としか理解できないだろう。『金子兜太全句集』(1975)所収。(清水哲男)


December 13121999

 雪夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び

                           加藤楸邨

閑たる雪の夜。ひとり寝ていた子供が、急に泣き出した。夢でも見たのだろう。じきに泣きやむさ、立っていくこともない。だが、なかなか泣きやまない。気になって、泣き声を聞いているうちに、なんだかいつもと違う声に感じられてきた。それは父や母に来てくれとうながしているのではなく、そんな日常性を越えて、もっと原初的な「はるかなもの」を呼んでいるかのような声だった。泣いているのは自分の子供には違いないけれど、その子供の声は「類としての人間」を体現しているようなそれであったと言うのである。ここで楸邨は、人が人としてあることの根源的な寂しさを語ろうとしている。それを、人間の大人が組み立てた社会には無縁な子供の泣き声を梃子にして、このように書き上げたというわけだ。生物として本能的に生きている子供の、いや「類としての人間」の、その本能に触れた衝撃。静かな雪の夜ならではの「発見」と言うべきだろう。破調にして字余り。「はるかなもの」を提示するためには、定型のなかでちんまりと座っているわけにはいかなかったのである。『起伏』(1949)所収。(清水哲男)




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