教えてもどうせ憶えはせぬものを授ける業と記して授業(森本平歌集『個人的な生活』)




1999ソスN11ソスソス1ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 01111999

 隅占めてうどんの箸を割損ず

                           林田紀音夫

阪は下村槐太門の逸材と喧伝された作者は、なによりも「叮嚀でひかえめでものしづか」(島津亮)な人だったという。そういう人柄だから、数人でうどん屋に入っても、必ず隅の席にすわりたい。人と人に挟まれてうどんを食べるなどは、どうにも居心地がよろしくないのである。でも、いつも隅の席を占められるとは限らない。酒席の流れだろうか。今宵は無事に隅にすわれた。やれやれと安堵し、そこまではよかったのだが、運ばれてきたうどんを食べようという段になって、割り箸が妙な形に割れてしまった。折れたのかもしれないが、とにかく、これでは食べられないという状態になった。そこで「ひかえめでものしづか」な人は、大いにうろたえることになる。店員に声をかけようとしても、忙しく立ち働く彼らを見ていると、なんだか気後れがする。でも、思いきって声をかけてみたが、相手には聞こえないようだ。しかし、何とかしなければ、せっかくのアツアツうどんがのびてしまうではないか。周りの連中は、彼の困惑に気がつかず、うまそうに食べている。当人が真剣であればあるほど、滑稽の度は増してくる。そのあたりの人情の機微を巧みにとらえた作品だ。無季の句ではあるが、だんだん寒くなるこの季節に似合っている。(清水哲男)


October 31101999

 日あたりや熟柿の如き心地あり

                           夏目漱石

惑などという年令は、とっくのとうに過ぎてしまったのに、いまだに惑ってばかりいる。句のような心地には、ならない。いや、ついになれないだろうと言うべきか。このとき、漱石は弱冠二十九歳。あたたかい日のなかの熟柿は美しく充実して、やがて枝を離れて落下する自分を予知しているようだ。焦るでもなく慌てるでもなく、自然の摂理に身をまかせている。そんな心地に、まだ若い男がなったというのだから、私には驚きである。ここでは、みずからの充実の果ての死が、これ以上ないほどに、おだやかに予感されている。人生五十年時代の二十九歳とは、こんなにも大人だったのか。「それに比べて、いまどきの若い者は……」と野暮を言う資格など、私にはない。西暦2000年まであと二ヶ月。一年少々で、二十世紀もおしまいだ。「二十一世紀まで生きられるかなあ。無理だろうなあ」。小学生のころ、友だちと話したことを、いまさらのように思い出す。切実に死を思ったのは小学生と中学生時代だけで、以後は生きることばかりにあくせくしてきたようである。『漱石俳句集』(岩波文庫・1990)所収。(清水哲男)


October 30101999

 水のなき湖を囲へる山紅葉

                           深谷雄大

者は旭川市在住。前書に「風連望湖台吟行」とある。「風連望湖台」とは、どこだろうか。北海道には無知の私だから、早速ネット検索で調べてみた。と、「北海道マイナー観光地ガイド」というページが出てきて、名寄市近郊であることがわかった。いわゆる上川地方だ。札幌からは、高速道路を使えば車で3時間10分ほどで行けるとある。「風連(ふうれん)望湖台自然公園」という水郷公園になっていて、見える湖は「中烈布湖」であることまでは判明した。が、後の情報は希薄で、湖の説明もなければ、読み方も書いてない。はなはだ不親切。「マイナー」だからこそ、きちんと説明すべきなのに……。そんなわけで、句が生まれた環境はわからない。それでも私が魅かれたのは、水のない湖(うみ)を囲む紅葉という構図そのものに、作者のリリカルなセンスのよさを感じたからだ。この句は自然に私を、我が青春の愛唱歌である塚本邦雄の「みづうみにみづありし日の恋唄をまことしやかに弾くギタリスト」(愛唱歌と言いながら表記はうろ覚え。いずれ訂正します)に導いてくれた。塚本歌がフィクションであるという差はあるが、センスのよさという意味では、両者に隔たりはないだろう。『端座』(1999)所収。(清水哲男)




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