三鷹の秋祭り。今年は、子供神輿が通らなかった。コースの変更か。それとも……。




1999ソスN9ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 1391999

 蓑虫の出来そこなひの蓑なりけり

                           安住 敦

笑いしながらも、私にとっては切ない句だ。私には、工作をはじめとする「造形」のセンスがないからである。「東京造形大学」だなんて、何年浪人しても、ついに入れないだろう。そうか。蓑虫(みのむし)にも、造形に不得手な奴がいるのか。でも、不得手だと、人間と違って困るだろうなあ。人間なら、不得手はある程度、他人にカバーしてもらえる。実際、私は見知らぬ他人が作ってくれた部屋に住んでいる。そこへいくと、蓑虫は独力で「家」を作らなければならない。下手な奴だって、とにかく作らないことには、ジ・エンドになってしまう。だから、格好悪くても(なんて、蓑虫は思っちゃいないのだが)何でも、無理矢理に作って木の枝などにぶら下がっている。ああ、蓑虫に生まれなくてよかった。でも、人間に生まれたのが実は夢で、明朝目覚めたらやはり「蓑虫」だったりして……(泣)。しかも蓑虫は、雄だと成虫(ミノガ科の蛾)になれば蓑を捨てて世の中を見られるけれど、雌の場合には羽根もなく生涯を蓑のなかで過ごすのだという。私には、耐えられない。というわけで、みなさん、蓑虫を見かけたら、やさしく見守ってあげましょう。それは来世のあなたであり、私であるのかもしれませんから。(清水哲男)


September 1291999

 玉蜀黍かじり東京に未練なし

                           青野れい子

うだろうか。作者はそう言いながらも、少しは未練があるのではなかろうか。もちろん、あるのだ。あるのだけれど、未練はないと、今の自分に言い聞かせておく必要があるのだ。かつて暮らしていた東京では食べられなかった新鮮な玉蜀黍(とうもろこし)に歯をあてながら、懸命に自己納得しようとしている作者の姿がいじらしい。……と、現に東京に住んでいる私が思うのは傲慢であろうか。そうかもしれないけれど、作者の気持ちがわかるような気がするのは、二度にわたって、私も東京を十数年離れた体験があるせいなのだろうと思う。一度目は家庭の事情で、二度目はみずからの意志で。「恋の都」だの「夢のパラダイス」だのと(古くて、すみません)アホみたいな流行歌の一節を思い出しては、東京へ行かなければと焦り悩んだものだった。どうだろう。そのような東京の「魔」は、いまだに存在しているのだろうか。東京の玉蜀黍はあいかわらず不味いけれど、依然として「魔」のほうだけは健在のような気がする。ところで、今朝までに、集団就職の子供たちや季節労働者を迎えてきた夜行列車専用の上野駅「18番ホーム」が消滅したという。(清水哲男)


September 1191999

 私生児が畳をかつぐ秋まつり

                           寺山修司

いころに父親を失った作者が、「私生児」に関心を抱いたのは当然だろう。関心の持ち方も、どちらかといえば羨望を覚えるニュアンスのそれであった。彼ほどに父親の不在にこだわり、また母親の存在にこだわった表現者も珍しい。作品のなかで、何度も母を殺している。この句は、二通りの解釈が可能だ。一つは、主人公が畳屋の職人で、秋祭の最中にも仕事に追いまくられているという図。他の若い衆は威勢よく神輿をかついでいるというのに、畳をかつがなければならない身の哀しさ。もう一つは、まさに字義通りに、秋祭でひとり実際に畳をかついでいる男という解釈。外国の実験映画に、波打ち際でひたすらタンスをかついで歩くだけの男たちを撮影した作品があった。日常感覚を逸脱する奇妙なリアリティを感じた覚えがある。句は、その世界に近い。……と、二通りに読んでから、今度は二つの解釈を合体させる。すると、寺山修司の意図した世界が見えてくる。日常的な哀話が下敷きとなって、非日常的な男の行為が目の前に出現すると、句は一つの現実的なオブジェのように起き上がってくるのだ。狂気の具象化と言ってもよいだろう。『花粉航海』(1975)所収。(清水哲男)




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