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August 0481999

 浴衣着て素肌もつとも目覚めけり

                           古賀まり子

でいるときよりも、何かを着たときのほうが肌の感覚を意識する。ぴしりと折り目のついた浴衣は、湯上がりに着ることが多いので、なおさらである。それを作者は「目覚める」と詠んだ。夜の「目覚め」だ。浴衣のルーツは知られているように、読んで字の如く、もともとは入浴のときに着たものである。蒸し風呂だったからで、湯に直接入る習慣は近世以降からと言われる。したがって表に着て出るなどはとんでもない話だったわけで、ぼつぼつ外着となってきたのは明治のころからのようだ。盆踊りの季節。ひところ衰えていた浴衣人気が、とくに若い女性を中心に盛り返してき、そこここで浴衣姿を見かけるようになった。帯と下駄をセットにして、壱万円を少し越える値段で売られている。最近見かける定番の姿は、下駄をはかずに厚底サンダルをはき、ケータイ(携帯電話)を手にぶら下げるといういでたち。澁谷の街あたりでは、ごく普通のスタイルである。厚底サンダルは、元来が歩きにくい履き物なので、闊歩できない不自由さが、かえって浴衣に似合う歩き方になるという皮肉。(清水哲男)


June 0162001

 浴衣着てからだが思ひ出す風評

                           すずきりつこ

あ、こういうこともあるのか。あるのだろうな。一年中、季節に関係なくほとんど同じような格好で過ごしている私には、とても新鮮に写った。夏の夕べ、作者は一年ぶりに浴衣を着ることにした。着た途端に、その肌触りから昨夏浴衣を着た頃に流れていた(らしい)「風評(うわさ)」のことを思い出した。すっかり忘れていたのに、頭ではなく「からだが思ひ出す」とは言い得て妙。おそらく自分についての好ましくない風評だろうが、着たばかりの浴衣に思い出さされてしまったのだ。浴衣を着たときのすがすがしい気分を詠んだ句はヤマのように作られてきたけれど、このようなアングルからの句は珍しい。意表を突かれた思い……。しかも、説得力は十分である。よく「からだで覚える」とか「からだに言い聞かせる」などと言うが、句のように「からだ」とは実に奥深くも面白いものだ。そうか、人間には「からだ」があったのだと、しばし自分の「からだ」に思いを走らせることになった。寝巻きにしていたくしゃくしゃの浴衣に、帯代わりの古ネクタイ。もう一度同じずぼらな格好をしてみたら、若き日の何かを私の「からだ」は思い出すのかもしれない。いや、きっと思い出すのだろう。『新日本大歳時記・夏』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


July 1072003

 仲良しのバナナの皮を重ね置く

                           草深昌子

語は「バナナ」で夏。いまでこそ年中見られるが、昔は台湾や南洋を象徴する珍しい果物だった。さて、房のバナナは「仲良し」に見えるが、掲句ではバナナが仲良しなのではないだろう。食べている二人が仲良しなのだ。「仲良しの」の後に「二人」や「友だち」などを意味する言葉が省略されているのだが、この省略が実によく効いている。「の」の効かせ方に注目。ちなみに「仲良し『は』」などとやると、はじめから仲良しとはこういうものだと規定することになって面白くない。作者の意図は、あくまでも二人の行為の結果から二人の仲を示すことにあるのだ。互いに示し合わせたわけでもなく、意識してそうしているわけでもないのに、ごく自然にそれぞれが剥いた「バナナの皮を重ね置」いている。まだ、そんなに大きくはない子供同士だろうか。傍らで見ていた作者は膝を打つような思いで、「ああ、こういう間柄が本当の仲良しというものだ」と感じ入っている。なんと素晴らしい観察力かと、私は作者の眼力のほうに感じ入ってしまった。俳句を読む喜びの一つは、句のように、言われてみて「なるほど」と合点するところにある。バナナの皮を重ねて置こうが離して置こうが、別に天下の一大事ではないけれど、そうした些細な出来事や現象から、人間関係や心理状態の綾を鮮明に浮き上がらせる妙は、俳句独自の様式から来ているのだと思う。俳句でないと、こうはいかないのである。むろんそのためには、作者の観察眼の鋭さとセンスの良さが必要だ。同じ句集から、もう一句。こちらも掲句に負けず劣らずの佳句と言えるだろう。内容のほほ笑ましさと、作者の眼力の確かさにおいて……。「校門の前は小走り浴衣の子」。『邂逅』(2003)所収。(清水哲男)


July 0772007

 いつまでもひとつ年上紺浴衣

                           杉本 零

人は家が近所の幼なじみで、一緒に小学校に通っていた。その頃のひとつ違い、それも、男の子が一つ下、となると、精神年齢はもっと違う。彼女が少し眩しく見え始めた頃、彼女の方は、近所の悪ガキなどには見向きもしない。あらためて年上だと認識したのは、彼が六年生になった時だった。彼女は中学生になり、一緒に登校することはもちろん、学校で見かけることもなくなって、たまにすれ違う制服姿の彼女を見送るばかりである。彼も中学生から高校生に、背丈はとっくに彼女を追い越したある夏の夕方、涼しげな紺色の浴衣姿の彼女を見かける。いつもとどこか違う視線は、彼に向けられたものではない。彼はいつまでも、ひとつ年下の近所の男の子なのだった。二つ違いの姉を持つ友人が、「小学生の頃から、姉は女なのだから、男の僕が守らなきゃ、と思っていた。中学生の時、高校生の姉が夜遅くなると、駅まで迎えに行った。」と言ったのを聞き、あらためて男女の本能的性差のようなものを感じつつ、兄弟のいない私は、うらやましく思った。この句は、作者が句作を始めて十年ほど経った、二十代後半の作。紺色の浴衣を涼しく着こなした女性の姿から、男性である作者の中に生まれたストーリーは、また違うものだったろう。その後三十代の句に〈かんしゃくの筋をなぞりて汗の玉〉〈冷かに心の舵を廻しけり〉『零』(1989)所収。(今井肖子)


July 2072007

 工女帰る浴衣に赤い帯しめて

                           富安風生

前の結婚年齢を考えれば「工女」はまずハイティーンまで。十四、五歳くらいが多かったのかもしれぬ。これは、働く少女たちの可憐さを詠んだ句だ。連れ立った工女たちはどこへ帰るのか。工場のある町の夏祭などの風景なら、工場の寮に帰るのだろう。作者はそれをどういう心境で見ているのか。働く若い健康な肉体の美しさを讃えつつ、それに対する慈愛の眼差しがここにはある。作者は高級官僚だったから、ひょっとしたら、こういう少女たちのためにもいい社会をつくらなければならないと思ったかもしれない。現実の政治機構を肯定し、その機構の内部から大衆を啓蒙し導く立場に立った上での「工女帰る」の感慨である。同じ風景を小林多喜二や石川啄木が見たらどう詠むだろうか。啓蒙する側とされる側、管理する側とされる側の区分を、人は致し方なく受け入れるのか、無自覚に受け入れるのか、受け入れがたいとして抗うのか。「工女」という言葉をみるだけで、「女工哀史」を思ってしまう僕は、どうも明るい健康なロマンから離れた複雑な思いをこの風景に感じてしまう。講談社版『日本大歳時記』(1982)所載。(今井 聖)


July 1872010

 浴衣着て全身の皺のばしけり

                           米津勇美

読、小さく笑ってしまったのは、「全身の皺」をのばしている人の姿を思い浮かべてしまったからです。浴衣の皺かもしれませんが、むしろ本人の心身の皺のことを詠っているように感じられます。仕事着を脱ぎ、浴衣に着替えて、大きく伸びでもしたところでしょうか。もしかしたら、休暇をとって温泉宿にでも到着した時のことなのかもしれません。読んでいるだけでぐっと背筋を伸ばしてみたくなるような、心地よさを感じます。洋服の皺を伸ばすならもちろんアイロンでしょうが、体の皺をのばすとなれば、マッサージチェアーに座るか、あるいは人の手に揉みほぐしてもらうことになるのでしょう。それにしてもどうして生き物というのは、体に触れられて適度な力を加えられることが、あれほど気持ちのよいものなのでしょうか。わたしの場合、最近はもっぱら我が家の犬をそばにおいて、体中をさわってあげることに終始しています。そのうち犬は、あまりの気持ちよさに仰向けになって、脚をピンと伸ばしてきます。その姿を見ているだけで、心の中に一日たまったわたしの皺も、自然と伸びてくるようです。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2010年7月11日付)所載。(松下育男)


August 1182011

 口開けて金魚のやうな浴衣の子

                           三吉みどり

んて可愛いい句だろう。盆踊り、夜店、夏祭り、子供たちにとって夏は特別な季節。ただでさえウキウキするのに糊の効いた浴衣を着せてもらってますます楽しみごとに期待が膨らむ。親に連れられた小さな子供が櫓の太鼓に見とれているのか、夜店の賑わいに心を奪われているのか。半開きの口元に何かに夢中になっている気持ちが表れている。水面に浮きあがってくる金魚のよう。浴衣にしめる赤やピンクのふわふわの兵児帯がゆらゆら揺れる金魚の尾鰭に思える。「やうな」という直喩は異質な物と物とに通路を開く働きをする。これから金魚を見れば口を開けて見上げる浴衣の子を思い、浴衣の子を見れば水槽に浮かびあがってくる金魚を想像するかもしれない。『花の雨』(2011)所収。(三宅やよい)


July 0772013

 浴衣着てロールキャベツは大口で

                           火箱游歩

いうちに、ロールキャベツを食べたい。作りたい。そして僕は、この夏、初めて浴衣に袖を通して、ロールキャベツを丸ごと、大口をあけて食べるんだ。俳句を読んで、まれに、それを生き方にとり入れられる場合があります。句のとおりに生きられる句。それは、かりそめながら、人生のお手本といえるでしょう。よく、酒場のトイレで、拙い筆文字の箴言らしきひらがなを目にしますが、生き方を臆面もなく語り文字にされることに気恥ずかしさを感じながら抵抗してきました。しかし、掲句であれば、そのとおりにやってみたいと思います。まずは、一人で、浴衣を着て、ロールキャベツを大口で食ってみます。うまくできたら、俳句の友を招待して、「第一回、ロールキャベツ大口浴衣会」を開きます。掲句にもどって、浴衣も、ロールキャベツも、身を包んで納めているところに品があります。『雲林院町』(2005)所収。(小笠原高志)


June 0462016

 人待ちの顔を実梅へ移しけり

                           中田みなみ

近は駅などで待ち合わせをしている人はほとんどややうつむき加減で手元を見ているので、人待ち顔で佇んでいる姿を見ることは少ない。人待ちの顔、とは本来、待ち人を探すともなく探しながら視線が定まらないものだが、掲出句はそんな視線が梅の木に向けられた、と言って終わっている。葉陰に静かにふくらんでくる青梅は目立たないがひとつ見つけると、あ、という小さな感動があり、次々に見えてきてついつい探してしまう、などという言わなくても分かることは言う必要がないのだ。移しけり、がまこと巧みである。他に〈爪先に草の触れゆく浴衣かな〉〈紙の音たてて翳りし祭花〉。『桜鯛』(2015)所収。(今井肖子)




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