ホテルニューオータニ東京。35年回り続けた17階レストランの回転が7月7日で止る。




1999ソスN5ソスソス26ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 2651999

 よぼよぼの虻を看とらぬ地球哉

                           永田耕衣

さなものと大きなものとを対比させたり衝突させたりして、そこにポエジーを発生させる技法は、詩一般にとって親しいものだ。それにしても、虻(あぶ)と地球とはケタ外れの大きさの違いである。しかも、死に瀕している虻とまだまだ盛んに命を燃やしている地球の、二者の勢いの差も甚だしい。だが、不思議なことに、この句の虻は地球よりもむしろ大きく見えている。いきなり「よぼよぼの虻」とクローズアップしているためでもあるが、考えてみて、私たちは地球を虻を見るようには見たことがないせいだと思った。つまり、ここで虻は限りなく具象的な物体であり、地球は限りなく抽象的なそれである。そこで、句の眼目は小さなものと大きなものとの対比だけではなくて、具体と抽象との対比にもずれ込んでいく。さらに作者は、地球という抽象的物体に「看とらぬ」という人間的な意志を持たせた。これで、ぐんと地球が小さく写る仕掛けだ。もちろん、作者はこのように順番を踏んで書いたのではなく、あくまでも一気呵成に詠んでいるわけだが、無粋に分析すると、こういうことだろう。この仕掛けのために、世界は少しも暗くない。「これでよし」と、すっきりとした明るいニヒリズムが感じ取れる。『殺佛』(1978)所収。(清水哲男)


May 2551999

 心いま萍を見てゐるにあらず

                           清崎敏郎

という漢字を知らなくても、じいっと眺めているうちに、その実体が姿を現わしてくる。平らな水の上(水面)に草が浮いている。すなわち「うきくさ」だ。「苹」とも書く。漢和辞典によると、はじめは上の艸がなく、後に加えて字義を明確にした文字だそうだ。だから、音読みでは「へい」となる。こうやって覚えると二度と忘れないが、皮肉なことにたいていの人が読めないので、覚えがいはない。今は「浮草」と書くのが一般的だろう。句は、作者二十代の作。一読、老成した感覚を感じるが、よく読むと、若さゆえの抽象性が滲み出ている。池の畔にたたずみ、我が目はたしかに萍をとらえているけれど、心は遠く別の場所にある。自省か煩悶か、あるいは何事かについての思索なのか。ともあれ、いまの我が姿から他人が想像できるような場所に、俺の心は存在してはいないのだ。と、この決然とした物言いも、若さの生み出した表現と言えるだろう。作者は虚子の流れをくみ、花鳥諷詠に徹した人だが、その意味からすると異色の作である。さきごろ(1999年5月12日)鬼籍の人となられた。合掌。『安房上総』(1964)所収。(清水哲男)


May 2451999

 大阪も梅田の地下の冷しそば

                           有馬朗人

だ文部大臣ではなかった1991年の句。句集だけを開いても、とにかく国内外の旅の多い人だ。外国に取材した俳句も数多い。が、北欧だとかイスラエルだとかと私の未知の土地での作品は、そういうものかと思うだけで、よくはわからない。「神学者西瓜の種を吐きあひて」(イスラエル七句のうち)。そんななかで、掲句のような世界に出会うとホッとする。よくわかる。梅田近辺には大きなホテルがいくつかあるから、たぶん作者はそこに宿泊したのだ。公務での出張だろう。東京行きの新幹線を利用するには、梅田の駅(大阪駅)から新大阪駅まで電車に乗る必要がある。しかし、新幹線の発車時刻までには少々時間があるので、あらかじめ腹拵えをしておこうと、広い梅田の地下街のとある店で「冷しそば」を注文したというのである。「冷しそば」は大阪名物でも何でもなく、とりあえずすぐに出てくるものを、そそくさと食べるというだけのこと。「大阪も」と大きく振り出して、ありふれた「冷しそば」に行き着き、作者は半ば苦笑している。出張のあわただしい気分を、食べ物を通じてとらえてみせたところが面白い。『立志』(1998)所収。(清水哲男)




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