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April 1141999

 日曜といふさみしさの紙風船

                           岡本 眸

曜日。のんびりできて、自分の時間がたくさんあって、なんとなく心楽しい日。一般的にはそうだろうが、だからこそ、時として「さみしさ」にとらわれてしまうことがある。家人が出払って、家中がしんと静まっていたりすると、故知れぬ寂寥感がわいてきたりする。そんなとき、作者は手元にあった紙風船をたわむれに打ち上げてみた。五色の風船はぽんと浮き上がり、二三度ついてはみたものの、さみしい気持ちの空白は埋まらない。華やかな色彩の風船だけに、余計に「さみしさ」が際だつような気がする……。作者はふと、この日曜日そのものが寂しい「紙風船」のようだと思った。ところで、「風船」とは実に美しいネーミングですね。風の船。名付けるときに「風」を採用することは誰にも思いつくところでしょうが、次に「船」を持ってきたのが凄い。凡庸な見立てでは、とても「船」のイメージとは結び付きません。いつの時代の、どんな詩人の発想なのでしょうか。そんなことを考えていたら、ひさしぶりに「紙風船」をついてみたくなりました。あまり大きい風船ではなく、少してのひらに余るくらいの大きさのものを。(清水哲男)


February 0922000

 ふくらんで四角薬屋の紙風船

                           小沢信男

ういえば、ありましたね。四角い紙風船。薬屋がおまけにくれた風船を、ふくらませてみたら四角だった。丸い風船のイメージがあったので、ちょっと意表を突かれたというところ。いかめしい感じの商売の薬屋だから、やっぱり風船もいかめしいや……。と、作者は心楽しくも腑に落ちている。そんな作者の納得顔が想像されて、もう一つ読者は楽しくなるという仕掛け。ところで、四角い紙風船はなかなか巧くつけない。どうかすると、とんでもない方角に飛んでいってしまう。不人気の理由である。そこへいくと、誰が発明したのか、丸い風船は実によくできている。形状の美しさもさることながら、ついているうちに内部の空気量が調節されるメカニズムの妙には、いつも驚かされてきた。寺田寅彦あたりに「紙風船論」はないのかしらん。ないのであれば、誰か専門家にぜひとも書いてほしいテーマである。「紙風船息吹き入れてかへしやる」(西村和子)。遊び道具を媒介にした、こうしたこまやかな心遣いの美学についても。『足の裏』(1998)所収。(清水哲男)


April 1742000

 天が下に風船売となりにけり

                           三橋鷹女

語は「風船」で、春の句。作者自身が「風船売」になったのではない。そのようにも読めるが、街で「風船売」を見かけて、すっと自分の心を重ねて詠んだ句だ。ただし、重ねたとはいっても、境遇や存在そのものを重ねたのではなく、「なりにけり」という感慨の部分で「風船売」と自分とを重ね合わせている。平たく言えば、彼は「風船売」、こちらは「俳句売」、いずれにしても「なりにけり」なのであり、もはや「風船売」も「俳句売(俳人)」も後戻りはできない。人生、お互いに取り返しはつかないのである。どちらの職業がどうなどと、言っているわけでもない。もはや、これまで。お互いに、ほとんど空気を売っているようなもので……と、いささかの自嘲も込められている。この句の諧謔性(飄逸味)を高く評価する人もいるけれど、諧謔を越えたなにやらしんみりとした味わいのほうへと、私の感受性は自然に動いてしまう。どんな職業の人であろうとも、いつしか「なりにけり」の感慨を持ちはじめるだろう。その職業に、満足しているかどうかは別問題だ。人生はおそらく「なるようにしかならぬ」のではなくて、結局は「なりにけり」にしか「ならぬ」のである。掲句は、そういうことを言おうとしている。『白骨』(1952)所収。(清水哲男)


February 2322002

 紙風船突くやいつしか立ちあがり

                           村上喜代子

語は「風船」で春。明るく暖かい色彩が、いかにも春を思わせるからか。さっきまで、作者のいる部屋で子供が遊んでいたのだろう。残していった紙風船をどれどれと、ほんの手すさびのつもりで突いているうちに、だんだん本気になってきて、「いつしか立ちあが」ってしまっていた。そんな自分への微苦笑を詠んだ句だ。春ですねえ……。ところで、紙風船というといつも思うのだが、ゴム風船などよりも段違いに素敵な発明だ。密封したゴムの球に空気を入れる発想は平凡だが、紙風船の球には小さな穴が開けてあるのが凄い。突きながら穴から空気を出し入れして、空気の量を調節するように設計されている。市井の発明者に物理の知識があったわけではないだろうから、何か別のものや事象にヒントを得たのだろうか。いろいろ想像してみるのだが、見当がつかない。手元の百科事典にも、次の記述があるのみである。「紙風船は、紙手鞠(てまり)、空気玉ともいう。色紙を花びら形に切って張り合わせた球で、吹き口の小穴から息を吹き込んで丸く膨らませ、突き上げたりして遊ぶ。1891年(明治24)ごろから流行し、のちには鈴入りのものもつくられた。(C)小学館」。それにしても「空気玉」とは、またなんとも味気ない命名ですね。鈴入りのものは、子供の頃に祖母に見せられたような記憶があるけれど、いまでも売られているのだろうか。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)


March 1132006

 うるみ目のひとを妻とし春の月

                           田代青山

語は「春の月」。秋の月はさやけきを賞で、春の月は朧(おぼろ)なるを賞ず。その「朧」に「うるみ目」が照応して、いかにも麗しい一句となった。「うるみ目」というのは、一種の疾患である「なみだ目」に通じるのかどうか。あるいは軽度のそれを指すのか、よくわからないのだけれど、ここでは常にうるんだように見える瞳と解釈しておく。そのほうが美しいし、気持ちが良い。妻を詠んだ句は、ときとして惚気(のろけ)過剰気味に写るか、極端に逆になってしまう例が多いなかで、掲句は淡々とした詠みぶりに伴うすらりとした句の姿の効果で、そうした嫌みをまったく感じさせない。春の朧月に、妻がすっかり溶け込んでいる。この題材を得たとき、作者はおそらく、ほとんど何も作為のないままに、すらりと詠めてしまったのだろう。そんな作句時の心の好調な動きまでが、私にはストレートに伝わってくるようだ。同じ作者に「つめたかり紙風船の銀の口」があり、この句と照らし合わせると、両者に共通しているのは、昭和モダンばりのセンチメンタリズム嗜好かとも思われる。と、掲句を読めば、いわゆる生活臭がないのもわかるのだが、このあたりは作者その人に問うてみるほかはない。そういうことはともかくとして、私には気分のよくなる佳句であった。俳誌「梟」(2006年3月号)所載。(清水哲男)


April 1742006

 幼子と風船売りと話しゐる

                           大串 章

語は「風船」で春。若い頃から、子供の情景を詠むのに秀でた俳人だ。掲句は近作だが、あいかわらず上手いものである。公園か、遊園地か。「幼子(おさなご)」が風船売りの男と話している。ただそれだけの図だけれど、読者の想像力はいろいろに刺激される。たぶんこの子は、物おじしないタイプなのである。私などには、かなりおしゃまな女の子の姿が浮かんでくる。彼女は自分から風船売りに話しかけたはずで、適当に相手になっている男の顔をまっすぐに見ながら、いっちょまえの口をきいている様子が、ほほ笑ましくもリアリティを伴って伝わってくる。「生意気な可愛らしさ」とでも言おうか。作者は、そうした子供の特性を生かすための構図取りが、いつも実に的確である。で、この句にはつづきがあって次のようだ。「風船を持たされ鳩を見てをりぬ」。がらりと変って、この句の主人公はおしゃまな女の子の親か祖父母である。幼子が風船売りに話しかけたばっかりに、風船を買い与える羽目となり、おまけにそれの持ち役にまでされてしまった。委細構わず、そのへんを元気に飛び歩いている女の子と、とうていペースが合わず、風船を持って所在なげに鳩でも見ているしかない大人。この構図もまた、句にはまったく現れていない幼子の様子を活写していると言ってよい。作者はこの春、句集『大地』で俳人協会賞を受賞した。「俳句研究」(2006年5月号)所載。(清水哲男)


May 0352006

 風船をふくらます目に力あり

                           岸 ゆうこ

語は「風船」で春。「風車(かざぐるま)」も春の季語だが、なぜ両者は春なのだろうか。手元の歳時記を何冊か見てみると、それぞれにもっともらしい解説がなされている。なかでちょっと不可解だったのは、平井照敏編の河出文庫版に載っている「子供たちの春らしい玩具で、楽しいものである。明治二十三年上野公園でおこなわれたスペンサーの風船乗り以来のもの」という記述だ。スペンサーの風船乗りとは、スペンサーというイギリス人が気球に乗り、空中で曲芸を披露したショーである。これが大変な人気を呼んで、翌年には尾上菊五郎が歌舞伎の舞台に乗せたことでも有名だ。たしかに気球も風船には違いないけれど、俳句で言う風船のイメージとはあまりにかけ離れていて、スペンサーの風船乗りから季語ができたという平井説は納得できない。しかもこのショーがおこなわれたのは、十一月のことであった。ここは一つ、もう少し気楽に考えて、風船や風車をあえて四季のどれかに分類するのであれば、「なんとなく」春が似つかわしそうだくらいにしておいたほうがよさそうだ。さて、掲句は子供が真剣に風船をふくらませている図である。言われてみれば、なるほどと納得できる。風船をふくらますのには、理屈をこねれば「目の力」などはいらない。けれども、目にも力が入るのだ。誰でもが日常的に心当たりのあるシーンなのだが、それをこのように俳句にしたのは作者がはじめてだろう。なにもとっぴな発想をしなくとも、ちゃんとした俳句は詠めるという具体例としてあげておきたい。『炎環・新季語選』(2003)所載。(清水哲男)


October 31102006

 しつかりとおままごとにも冬支度

                           辻村麻乃

辞苑によると「ままごと」とは「飯事」と書き、子供が日常の生活全般を真似た遊びとある。ママの真似をするから「ままごと」なのかと思っていたが、遊びとしては江戸時代から貴族の子供は塗り物の道具、庶民の子供は木の葉や紙の道具、と昔から広く楽しまれていたようだ。ままごとで使うものは生活環境によってさまざまである。わたしは公園よりも、実家が持っていた印刷や製本の工場の裏で遊ぶことが多かった。インテル(活字の隙間に詰める薄い板)を使って雑草を刻み、古くなった文選箱(選んだ活字を入れる箱)に盛りつける。つぶれた活字をもらっては、椿の葉に刻印し「こういうものでございます」などと、大人たちに自慢気に配っていたことも思い出す。子供による日常生活の再現は、はたから見ていると驚くべき観察力であることがわかる。母親の口癖や、父親の態度など、はっと我が身を正す機会にもなったりもする。ほらコートを着ないと風邪をひきますよ、さぁおふとんを干しましょう。掲句のかわいらしいお母さんたちは一体どんな冬支度をしていたのだろう。「をかしくてをかしくて風船は無理」「足元に子を絡ませて髪洗ふ」などにも、体当たりで子育てをしている若い母親の姿が浮かぶ。『プールの底』(2006)所収。(土肥あき子)


February 2522007

 紙風船紙の音してふくらみぬ

                           伏見清美

風船といえば、まず思い浮かべるのは、掌ではねて幾度も空へ打ち上げられる図です。その図から、未来への希望や願い事、あるいは空の大きさへと連想はつながります。この句が新鮮に感じられるのは、そういった誰しもが持つ感覚ではなく、もっと手前の視点から風船を描いているからです。季語は風船、やわらかく膨らむ春です。作者は、空に打ち上げられる前の段階に目を留めます。三日月形の、折りたたまれた色鮮やかな平面が、じょじょに立体へと変化して行く過程を描こうとしています。それも見た目ではなく、「紙の音して」と、聴覚を持ち出すところは、なるほど見事と思います。この句を読めば皆、耳の奥に、紙が自分の身を広げてゆくときの、伸び上がるような音を聞くはずです。空へ飛び上がる前に、紙風船はまず、自分自身の中に空を広げます。紙風船に顔を近づけて、思い切り息を吹き込んでいるのは、風船のように頬の柔らかな幼児でしょうか。玄関には富山の薬売りが坐って、大きな風呂敷の結び目をほどいています。紙風船は素敵に胸をときめかすおまけでした。母親の後ろで、紙風船がいつもらえるかと待っている子供の姿が、思い出の中にはっきりと見えます。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


July 1472007

 いと暗き目の涼み人なりしかな

                           杉本 零

涼(すずみ)とも書く涼み。夕涼み、のほかにも、磯涼み、門涼み、橋涼み、土手涼み、などあり、昔は日が落ちると少しでも涼しい場所、涼しい風をもとめて外に出た。現在、アスファルトに覆われた街では、むっとした夜気が立ちこめるばかりで、団扇片手にあてもなく涼みに出る、ということはあまりない。都内の我が家のベランダに出ると、東京湾の方向からかすかな海の匂いを含んだ涼風が、すうっと吹いてくることがたまにはあるけれど。この句に詠まれている人、詠んでいる作者、共に涼み人である。今日一日を思いながら涼風に向かって佇む時、誰もが遠い目になる。たまたま居合わせた人の横顔を見るともなく見ると、その姿は心地良い風の中にあって、どこか思いつめたような意志を感じさせる。しばらくして、とくに言葉を交わすこともなく別れたその人の印象が、いと暗き目、に凝縮された時、その時の自分の心のありようをも知ったのだろう。〈風船の中の風船賣の顔〉〈ミツ豆やときどきふつと浮くゑくぼ〉人に向けられた視線が生む句の向こう側に、杉本零という俳人が静かに、確かに存在している。お目にかかって、俳号の由来からうかがってみたかった。句集最後の句は〈みをつくし秋も行く日の照り昃り〉『零』(1989)所収。(今井肖子)


November 18112008

 ミッキーの風船まるい耳ふたつ

                           今井千鶴子

日ミッキーマウス80歳の誕生日。ミッキーマウス俳句を探したため、季節外れはご容赦ください。ディズニーランドで販売しているキャラクターの形の風船は、うっかり勢いで買ってしまって、帰りの電車で後悔するもののひとつである。園内を一歩出れば、徐々に日常を取り戻すのと比例するように、手にした風船にも微妙な違和感を覚え始める。かぶりモノなどと違って鞄にしまうこともできず、「夢の国」のなかのものを連れ出してはいけない、という教訓めいた気分にさせられる。他に〈年玉の袋のミッキーマウスかな 嶺治雄〉もあり、すっかり日本に定着している傘寿のミッキー翁であるが、手元にある『別冊太陽子どもの昭和史(昭和十年〜二十年)』を見ると、昭和9年から11年にかけてミッキーマウスそっくりの赤い半ズボンを履いたミッキーラッシュがあったようだ。アメリカ直輸入のミッキーマウスもすでに天然色のトーキー映画で登場し、各地で子どもたちが映画館へ押しかけていたというが、彼らが大事に繰り返し読んでいた漫画の世界では、著作権から離れた和製ミッキーがミニー嬢ともりそば食べたり、日本刀振り回して山犬退治をしたりしていたのだ。昨年中国のニセモノキャラクタ−がニュースになっていたが、どちらのミッキーもなんだかとっても生き生きして見え、愛すべきキャラクターのアジアでの生い立ちを垣間見た思いがしたのだった。『過ぎゆく』(2008)所収。(土肥あき子)


March 1332011

 天井に風船あるを知りて眠る

                           依光陽子

の句が表現しようとしているのは、どんな心情なのでしょうか。吹き抜けの、とんでもなく高い天井の部屋ならともかく、普通の家の天井なら、椅子に乗れば容易にとれるだろう風船を、どうしてそのままにして眠るのでしょうか。体を動かすのが億劫に感じるほどほどの、つらい悩みでもあるのか。あるいは、赤や黄の混じった風船の明るさを、目を閉じる直前まで見ていたいからそうしたのか。どちらにも解釈できますが、個人的にはだるい悩みに冒された人の姿が目に浮かびます。風船と言えば昔、子どもたちが小さかったころにディズニーランドへ行った時のことを思い出します。閉園の時刻まで遊んで、帰りのバスを待っている列に並んでいたときに、土産に買ったミッキーマウスの風船が僕の手から放れて、暗い上空にどこまでも上がって行きました。実に美しい上がり方でしたが、もちろん子どもたちは泣き出し、さんざんな一日の終わりになってしまったのでした。あれもひとつの天井だったかと、ふとこの句を読んで、思いました。『新日本大歳時記 春』(2000・講談社)所載。(松下育男)


March 1332012

 あたたかな女坐りの人魚の絵

                           河内静魚

座りとは、正座から崩した足のかたちで、片方に斜めに流す横座りや、両方に足を流したあひる座りなどを指す。人魚の絵はみな横座りである。腰から下が魚なのだから横座りしかできないのは当然なのだが、では男性の人魚はどのように座るのだろうと不思議に思って探してみると、はたして腹這いか、膝のあたりを立てた体育座りをしていた。やはりなよやかな女性を感じさせる座り方はさせられないということだろう。よく知られているコペンハーゲンの人魚姫の像が、憂いを込めて投げかける視線の先はおだやかに凪ぐ水面である。たびたび海上に浮かび、恋しい王子の住む城を眺めたのち、引きかえに失うことになる海の生活を愛おしんでいるのだろうか。人魚姫が人魚であった時代は、愛に満ち、あこがれと希望にあふれた時代だったのだと、あらためて思うのだ。〈春風といふやはらかな布に触れ〉〈風船の空にぶつかるまで昇る〉『夏風』(2012)所収。(土肥あき子)


November 04112014

 まだ駆くる脚の構へに猪吊らる

                           谷岡健彦

りで捕らえた獣を運ぶため、前脚、後脚をそれぞれ縛り、運搬用の棒を渡す。まだほのかに温みの残っている猪が、人間の足並みに合わせてゆらゆらと揺れる。大きな獲物を担いでいくのは大層難儀だが、山中のけわしい道では人力に頼るほかはない。四肢を持つ獣が運ばれるためにもっとも適したかたちが、天地は逆でこそあれ、野を駆ける姿と同じであることが、一層哀れを誘う。猪へと送る作者の視線は狩る側のものではないが、また過剰な憐憫を溢れさせた傍観者のものでもない。一撃さえ避けられれば、昨日と同じ今日が続いていたはずの猪を前に、それはまるで命を頂戴するための儀式でもあるかのようにも見えてくる。〈風船を身体浮くまで買へと泣く〉〈輪唱の焚きつけてゆくキャンプの火〉〈猫に店任せつきりの暦売〉『若書き』(2014)所収。(土肥あき子)


March 0932015

 嘘のような二十代あり風船売

                           壬生雅穂

い当たる。私の二十代もまた、「嘘のよう」であった。いや、作者や私に限らず、多くの人の二十代は嘘のようにあったのではなかろうか。子どもと大人との共存。そのこと自体が不思議すぎるけれど、その矛盾的存在が奇跡のように現実として動きまわっているのが二十代の人間だろう。希望と迷妄、期待と落胆、立志と虚言、純情と狡猾等々が、マグマのようにちっぽけな精神の坩堝で煮え立っている。それでいて、狂気には落ちなかった。そのことがまさに「嘘」のようではないか。作者は遊園地の風船売を瞥見しながら詠んでいるわけだが、句の感懐は風船売その人のものでもあり、作者自身のそれでもあり、また読者たちのそれでもあると思わせている。そんな二十代からははるかに遠くまできてしまった私などには、ほろ苦さを通り越して、まっすぐに肺腑を突いてくる一句のように受け取れる。俳誌「豆の木」(第18号・2014年4月刊)所載。(清水哲男)




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