やっと野球になってきた日本シリーズ。が、今日は雨。どちらに味方する雨なのか。




1998ソスN10ソスソス24ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 24101998

 落花生みのりすくなく土ふるふ

                           百合山羽公

姓の、このみじめさをわかる人が、いまのこの国に何人くらいいるだろうか。とても百万人以上は、いそうもないような気がする。が、わからなくても、わからない人の責任ではない。地中で実を結ぶ植物であることを知らない人も多くなってきたが、その人たちの認識不足と責めるわけにもいかない。日本の農業は、もうとっくの昔に「知られざる産業」になっているからだ。落花生はかつて、肥沃でない土地でも育つ代表的な豆科の植物として有名だった。砂地みたいなところでも、元気に育った。にもかかわらず、何かの拍子でこういうことになったりする。引っこ抜くとスカスカな感じの鞘(さや)が現われて、土をふるう手に元気がなくなるのも当然だ。昔の農家での落花生栽培は、たいていが現金収入を得るための方策だったから、気持ちも萎えるわけである。このページをはじめてから、歳時記を開かない日はないが、このような句の将来を思うと、暗澹たる気分になってくる。四季に生起する自然現象に依拠した構成の歳時記も、やがてはなくなってしまうのではあるまいか。最近、ヤケに人事句が流行しているのも、その兆しだろう。ならば、当サイトでは「最後のクラシカルな歳時記」を目指そうか。……などと、時々肩に力が入り過ぎるので、ハンセイはしています。(清水哲男)


October 23101998

 鯛焼やいつか極道身を離る

                           五所平之助

者は『煙突の見える場所』などで知られた映画監督。本邦初の本格的トーキー映画『マダムと女房』(1931)を撮った人だ。「旅」と「カメラ」と「俳句」を趣味とした。その昔、前田普羅の「加比丹」同人だったこともある。「鯛焼」と「極道(ごくどう)」との取り合わせが面白い。それも取り合わせの妙というのではなく、しごく自然な時の流れのなかでのことなのだから、面白いというよりも泣き笑い的な淋しさがあると言うべきかもしれない。若いころにはそれなりに「ワル」だったと自認してきたが、いつしか「ワル」としての突っぱりにもくたびれてしまい、気がついたら、なんとふにゃらふにゃらと「鯛焼」なんぞを嬉しそうに食っている。……ザマはねえ。我が青春は、はるか遠くに過ぎ去ったという感慨だ。が、当今流行の赤瀬川原平風に言うと「老人力がついてきた」句ということになる。これからはますます老人の句や文芸が増えてきそうだが、あまりに早く、過ぎ去った年月を抒情するのは危険だ。余命が長すぎて、そこから先に進めなくなる。そういうことは、十二分に「老人力」がついてからにしたほうがよさそうである。『五所亭俳句集』(1969)所収。(清水哲男)


October 22101998

 秋霧のしづく落して晴れにけり

                           前田普羅

辞麗句という言い方がある。もちろん俳句の「句」を指しているわけではなく、よい意味に使われることのない言い方だが、この句を読んだ途端に、私はこれぞ文字通りに率直な意味での「美辞麗句」だと思った。とにかく、しばし身がしびれるくらいに美しい句だからである。光景としては、濃い秋の霧がはれてくるにつれて、上空の見事に真青な空が見えてきた。周囲の霧に濡れた草や木々はいまだ雫を落としており、そこにさんさんと朝日があたりはじめたというところだろう。この句が美しくあるのは、なんといっても「秋霧の」の「の」が利いているからだ。「秋霧のしづく」を落としている主体は草や木々であることに疑いはないが、しかし、この「の」はかすかに「秋霧」そのものが主体となっている趣きも含んでいる。つまり、この「秋霧」はどこか人格的なのであり、くだいていえば「山の精」のような響きをそなえている。そのような「山の精」が雫を落としている……のだ。舞台の山も登山などのための山ではなく、山国で山に向き合って生活している人ならではの山なのであり、山に暮らしている人ならではの微妙な、そして俳句ならではの絶妙な言葉使いが、ここに「美麗」に結晶している。『定本普羅句集』(1972)所収。(清水哲男)




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