so-netの事情で二日間もご迷惑をかけました。ミラー版longtailは健在でしたが。




1998ソスN9ソスソス4ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 0491998

 近所に遠慮することないゾ秋刀魚焼く

                           井川博年

サイトでも、評者としておなじみの詩人・井川博年の近作。なにしろ彼は、高校時代に松江図書館で『虚子全集』を読破してしまったというほどの俳句好きだから、俳句についての知識は抜群だ。私も参加している「余白句会」(小沢信男宗匠)の、いわば生き字引的存在である。しかし、あまりにも知り過ぎているということは、クリエーターとしては困ることも多く、とくに五七五と短い詩の世界では往生するのではあるまいか。つまり、どんな発想をもってしても、自分の知っている誰かの句に似てしまったりするわけで、密度の高い知識の隙間を見つけるのは容易ではない。だから、どうしてもこうした破調に傾きやすい。この破調にしても、同種の先例がないわけではなく、あれやこれやと思案の末に、今度は中身の破調にとあいなっていく。かくして井川博年は、美味い秋刀魚を食いたい一心のオタケビをあげて「現代風雅」をむさぼろうとしたのである。窓を開けて盛大に秋刀魚を焼くと、消防車が飛んできかねない現代の東京だ。そんな環境への怒りが、極私的に内向的に炸裂している。いろいろな意味で、私にとっては面白くも馬鹿馬鹿しくもほろ苦いのだが、しかし愛すべき一句ではある。「俳句朝日」(1998年9月号)所載。(清水哲男)


September 0391998

 草刈の籃の中より野菊かな

                           夏目漱石

は「かご」。草を刈ってきた人が、籃を乱暴にひっくり返すと、そこに可憐な薄紫の野菊が混ざっていた。よくあることであり、漱石も「何という不風流なことを……」などとは露ほども思っていない。そこが、よい。主として家畜の飼料にするための草刈りは、早朝の重労働だった。野菊であろうが桔梗であろうが、そんなものを他の草と選り分けている余裕はないのである。美も醜もない。美醜だの可憐だのという認識は、もちろん草を刈る人に日常的にはあるのだけれど、こと労働の現場では美醜を脇に置いた姿勢にならざるを得ないのだ。だから、ここで漱石は風流を言っているのではなくて、ほとんど「おや、まあ」という心持ちで、ちょこっと野菊に挨拶をしている。もう野菊の咲く季節になったのかと、思わず澄んだ空を見上げたかもしれない。漱石は、血まなこで俳句に立ち向かっていた子規や虚子などには、文学的にかなりの距離を置いていた。男子一生の仕事ではないと思っていた。よくも悪くも、その距離がそのまま、はからずもこのような句ににじみ出ているような気がする。『漱石句集』所収。(清水哲男)


September 0291998

 風の無き時もコスモスなりしかな

                           粟津松彩子

味ではあるが、これぞプロの句。「ホトトギス」の伝統ここにありとばかりに、凛としている。コスモスは群生するので、かたまって絶えず風に揺れている印象が強いが、風がなくなればもちろん動きははたと止まる。その様子をスケッチしたにすぎないのだけれど、これを言わでもがなの中身と受け取ると、俳句的表現の大半の所以がわからなくなる。この句に、意味などはない。あるのは、自然をあるがままの姿で写生しようとている作者の姿勢だ。無私の眼が、どれほど徹底しきれるものかというそれである。近代的自我などというフウチャカと揺れる目つきを峻拒したところに、子規以来の写生の精神が生きている。かといって「俳句道」だとか「俳句禅」だとかとシャカリキになるのではなく、ここで作者の肩の力は完全に抜けているのであって、そこが他の文芸には真似のできない「味」を産み出している。最近は人事句が大流行で、この種の上質な写生句はなかなか見られない。が、俳句表現の必然とは何かと考えるときに、今でもこの方法は無視できない重さを持ってくる。まあ、そんな理屈はさておいて、一読「上手いもんだなあ」と言うしかない句である。「俳句文芸」(1997年12月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます