蟄」隱槭′陷・陷エ縺ョ句

July 1771998

 蜥蜴出て遊びゐるのみ牛の視野

                           藤田湘子

際に、牛の視野がどの程度のものなのかは知らない。大きな目玉を持っているので、たぶん人間よりも視野は広いと思われるが、どうであろうか。逆に闘牛のイメージからすると、闘牛士が体をかわすたびに牛は一瞬彼を見失う感じもあるので、案外と視野は狭いのかもしれない。どちらかはわからないけれど、この句は面白い。鈍重な牛に配するに、一見鈍重そうに見えるがすばしこい蜥蜴〔とかげ〕。もちろん、大きな牛と小さな蜥蜴という取り合わせもユーモラスだ。牛も蜥蜴もお互いに関心など抱くはずもないのだけれど、俳人である作者の視野にこうして収められてみると、俄然両者には面白い関係が生まれてきてしまう。動くものといえばちっぽけな蜥蜴しか見えない大きな牛の「孤独」が浮かび上がってくる。この取り合わせは、もとより作者自身の「孤独」に通じているのだ。作者にかぎらず、俳人は日常的にこのような視野から自然や事物を見ているのだろう。つまり、何の変哲もない自然や事物の一部を瞬時に切り取ってレイアウトしなおすことにより、新しい世界を作り上げる運動的な見方……。それが全てではないと思うが、俳句づくりに魅入られる大きな要因がここにあることだけは間違いなさそうだ。『途上』〔1955〕所収。(清水哲男)


August 1282000

 いつまでも捕手号泣す蜥蜴消え

                           今井 聖

合に敗れたチームの「捕手」が、ベンチ脇の草叢に突っ伏して、声をあげて泣いている。プロテクターやレガーズをつけたままだから、「捕手」と知れる。チームメイトが肩などを叩いてやるが、いつまでも泣きやまない。高校野球の地方予選では、ときおり目にする光景だ。このときに「蜥蜴(とかげ)消え」とは、彼の夏が終わったことを暗示している。「蜥蜴」は夏の季語。でも、なぜ「蜥蜴」なのだろうか。彼が「捕手」だからだと、私は読んだ。「捕手」の目は、ナインのなかで一番地面に近い。グラウンドの片隅にある投球練習場所の近くには、たいてい草叢があるので、そこに出没する「蜥蜴」を、彼はいつも目にしてきたわけだ。他の選手は、草叢に「蜥蜴」がいることさえ知らないだろう。でも、負けてしまったので、この夏にはもう「蜥蜴」を見ることもないのである。したがって、作者は「蜥蜴消え」と押さえた。投手を詠んだ句は散見するが、素材に「捕手」を持ってくる句は少ない。地味なポジションに着目するあたり、作者はよほどの野球好きなのだろうか。「グロウブを頭に乗せて蝉時雨」と、微笑を誘われる句もあるので、相当に熱心な人のようではある。「俳句文芸」(2000年8月号)所載。(清水哲男)


June 3062003

 父となりしか蜥蜴とともに立ち止る

                           中村草田男

語は「蜥蜴(とかげ)」で夏。昔は、そこらへんにいくらでもいた。スルスルッという感じで走ってきては、ひょいと立ち止まり、ときに周囲を見回すような仕草をする。警戒心からなのだろうか。掲句は、この蜥蜴の様子を知らないとわかりにくい。はじめての子供の誕生の報せを受けた作者は、道を歩いている。いよいよ父親になったのかという思いで、あらかじめこの時が来ることを承知はしていても、なんとなく落ち着かない気分だ。実際、私の場合もそうだった。落ち着けと自分に言い聞かせても、意味もなくあちこちと動き回りたくなる。慌てたって仕様がないのだけれど、頭の中は混乱し、胸は動悸を打ち、やたらに「責任」だとか「自覚」だとかという言葉ばかりが浮かんでくる。果ては、まだ見ぬ我が子が成人になるときに、私は何歳だろうかなどと埒もない計算までしてしまったていたらく……。つい、昨日のことのように思い出す。このときの作者だとて、心中は同じようなものだろう。そんな作者が、とにかく意味もなくパッと止まる。と、視野にある蜥蜴もパッと止まった。そしてお互いに、周囲を見回す。夏の真昼のこの図には、作者の苦笑が含まれてはいるが、第三者である読者からすると、むしろ男という存在の根源的な寂しさのようなものが感じられるはずだ。無茶苦茶に嬉しいのだけれど、どこかで手放しには喜べない男というものの孤独の影が。『火の鳥』(1939)所収。(清水哲男)


June 0962006

 走り去る蜥蜴の視野を思ひをり

                           北野紙鳥

語は「蜥蜴(とかげ)」で夏。私の子どものころには、庭先などによく出没したものだが、近年はとんとお目にかからない。動きは実に俊敏で、しげしげとと眺めたことはないけれど、その目はどこか冷たいものを孕んでいるように見えた。と言っても、ずる賢そうな目ではなく、とても怜悧な目という印象だ。「視野」の範囲は視線からの角度で表し、これはあくまでも人間の場合だが、片方の目での視野は上方60度、内方60度、下方70度、外方100度だという。同じ角度で、上下左右がまんべんなく見えているわけではないのである。また、視野の広さは色によっても異なり、白がもっとも広く、青、黄(赤)、緑の順に狭くなるのだそうだ。となれば、蜥蜴の視野はどうなのだろうか。人間よりもよほど眼球が左右に飛び出ているので、それだけ人よりも視野は広いのだろう。で、例によってネットで調べてみたら、蜥蜴は両目ともに同じ物が見える範囲こそ前方18度と数値は低いが、眼球が飛び出しているおかげで、片目だけで見える範囲を含めると、なんと280度が見えている。つまり、蜥蜴に見えない部分(いわゆる「死角」)は真後ろの80度ほど(比べて、人間の死角は152度とかなり広い)だから、「走り去る」方向によっては、句の作者も蜥蜴の視野にはちゃんと入っていることも考えられるのだ。仮に蜥蜴のような目を持つピッチャーがいるとしたら、心持ち首を左右に振るだけで、二塁ランナーが見えてしまう理屈である。もっとも、これは視力が人間並みかそれ以上だったと仮定しての話だが、調べてもそのあたりのことはわからなかった。等々と、つい掲句につられて私も「蜥蜴の視野」をいろいろ想ってしまったけれど、この句の良さは、読者にまさにそうした想いをうながす点にあるのだと思う。この句を読まなければ、私は一生、蜥蜴の視野などに想いをめぐらすこともなかっただろう。不思議な発想の句も、また楽し。俳誌「梟」(2006年6月号)所載。(清水哲男)


June 2862008

 蚊遣香文脈一字にてゆらぐ

                           水内慶太

年ぶりだろう、金鳥の渦巻蚊取線香を買ってきた。真ん中の赤い鶏冠が立派な雄鳥と、青地に白い除虫菊の絵柄が懐かしい。緑の渦巻の中心を線香立てに差し込んで火をつける。蚊が落ちる位なのだから、人間にも害がないわけはないな、と思いながら鼻を近づけて煙を吸ってみる。記憶の中の香りより、やや燻し臭が強いような気がするが、うすい絹のひものように立ち上っては、ねじれからみ合いながら、夕暮れ時の重い空気に溶けてゆく煙のさまは変わらない。長方形に近い断面は、すーと四角いまま煙となり、そこから微妙な曲線を描いてゆく。作者は書き物をしていたのか、俳句を詠んでいたのか、考えることを中断して外に目をやった時、縁側の蚊取り線香が視野に入ったのだろうか。煙がゆらぐことと文脈がゆらぐことが近すぎる、と読むのではなく、蚊を遣る、という日本古来の心と、たとえば助詞ひとつでまったく違う顔を見せる日本語の奥深さが、静かな風景の中で響き合っている気がした。〈海の縁側さくら貝さくら貝〉〈穴を出て蜥蜴しばらく魚のかほ〉〈星祭るもつとも蒼き星に棲み〉など自在な句がちりばめられている句集『月の匣(はこ)』(2002)所収。(今井肖子)


July 2772013

 石といふもの考ふる端居かな

                           上野 泰

リラ豪雨の去った後のベランダに椅子を出して、まだ濡れている風にぼんやり吹かれながら、これもまあ端居と呼べないこともないな、と思った。でもやはり、縁側に蚊遣りをたいて団扇片手に遠くを見ていた記憶の中の祖母の姿が、本来の端居なのだろう。掲出句は、昭和四十七年の作。本来の端居と思われるが、石か。以前知人から、ヒトの興味は歳を重ねるに従って動から静に変わっていき最後は石にたどりつく、と聞いたことがある。翌四十八年に亡くなった作者、〈天地の一興月見草ひらく〉〈蜥蜴駆け大地太古をなせりけり〉〈五月闇神威古潭をすぎにけり〉など同年の句の中にあると、ふとその横顔を見たような気になるのだった。『城』(1974)所収。(今井肖子)




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