「国難」だの「挙国一致」だのと不気味な言葉が出始めている。発言者はみな金持ち。




1998ソスN7ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 1471998

 香水や闇の試写室誰やらん

                           吉屋信子

写室は特権的な場だ。一般の人にさきがけて映画を見られるのだから、そこに来るのは映画会社が宣伝のためになると踏んだ人々ばかりである。プロの評論家や新聞記者の他には、おおおむね作者のような有名人に限られている。したがって、そんなに親しい関係ではなくても、試写室に出入りする人たちはお互いほとんど顔見知りだと言ってよい。作者はそんな闇のなかで香水の匂いに気づき、はてこの香水の主は誰だったかしらと考えている。よほど映画がつまらなかったのかもしれない。あるいは逆に映画は面白いのだけれど、香水の匂いが強すぎて腹を立てているとも読める。試写室は狭いので、強い香水はたまらない。馬鹿な派手女めが、という気持ち。いつぞや乗ったタクシーの運転手が言っていた。「煙草もいやだけれど、なんてったって香水が大敵だね。まさかねえ、お嬢さん、風呂に入ってきてから乗ってくださいよとも言えねえしさ」。試写室ではないが、放送局のスタジオでも強い香水は厳禁だ。といって誰が禁じているわけでもないのだが、自然のマナーとして昔からそういうことになっている。『吉屋信子句集』〔1974〕所収。(清水哲男)


July 1371998

 けふのことけふに終らぬ日傘捲く

                           上田五千石

日中にやっておかなければならないことを、結局は果たせなかった。といっても、そんなに大きな仕事ではない。ちょっとした用事や挨拶など。帰宅して日傘を捲きながら、少し無理をしてでも終わらせておけばよかったのにと、軽い後悔の念にとらわれている状態だろう。そうした思いを断ち切るかのように、キリッと傘を捲き上げるのだ。こういうことは、よくある。少なくとも、私にはよく起きる。しかし、世の中には恐ろしいほどにスケジュールに忠実な人もいて、きちんきちんと仕事や用事をこなしていく。その様子は傍目で見ていても気持ちがよいものだが、どうしても私には真似ができない。生来のモノグサということもあるけれど、突然スケジュールにはなかったスケジュールが出てくることが多く、その枝葉のほうのスケジュールに没入してしまいがちからだ。パソコンで手紙を書こうとして、ふとやりかけていたゲームの続きにはまりこんでしまうようなもので、こうなるともうイケない。日傘を捲くどころか、日傘の存在すら失念してしまうのである。『俳句塾』〔1992〕所収。(清水哲男)


July 1271998

 かなしみの芯とり出して浮いてこい

                           岡田史乃

語は「浮いてこい」。「ええっ」と思う読者のほうが、もはや多数派だろう。かくいう私も、書物のなかだけの知識しかなく、江戸時代の玩具から発した季語のようだ。「浮人形」ともいい、要するに夏の水遊びで、いまの幼児も遊ぶ〔と思うけど〕金魚だとか舟や鳥の形をしたおもちゃだと思えばいいらしい。昔、縁日でよく見かけた樟脳などを利用して水面を走らせるセルロイド製の船も、「浮いてこい」の仲間だと、書物には書いてある。むろん作者は実物を知っているわけだが、この句を読むと、そうした玩具のイメージよりも「浮いてこい」という言葉のほうに発想の力点がかかっていると思える。たかが玩具なのだけれど、その名前を知っている作者にしてみれば、そのちっぽけな姿にすら声援を送りたい何か悲しい事情があったのだろう。芯を取り出したいのは、作者のほうなのだ。それにしても「浮いてこい」とは、面白いネーミングではある。たぶん昔の親は、この玩具を水の中に沈めては、浮いてこないのではないかと心配顔の子供に「浮いてこい」と唱えさせたのだろう。さて、「浮いてこい」がいまの縁日にあるかどうか、機会があったら探してみることにしよう。『浮いてこい』〔1983〕所収。(清水哲男)




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