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July 0471998

 河鹿鳴く夕宇治橋に水匂ふ

                           皆吉爽雨

都は宇治川畔の美しい夏の夕暮れの風情。絵葉書にしたいような旅人の歌だ。作者は中洲である塔の島あたりから、宇治橋を眺めているのだろうか。高い宇治橋の上からでは、水の流れる音しか聞こえないはずだからだ。そして何をかくそう、私がこの宇治橋の畔にひょろりと登場(笑)したのは、今から四十年前のことであった。当時の京都大学の新入生は、みな宇治分校なる「チョー田舎のボロ校舎」に集められたからである。で、最近この句に出会って考えるに、はたして宇治川辺りで河鹿が鳴いていたかということだが、まったくもって記憶がない。橋のたもとに出ていた屋台で、毎晩キャベツだけを肴に(なにしろキャベツは無料だったから)、共に飲んだくれていた佃学が生きていたら確かめようもあるのだけれど、それも適わない。大いに河鹿は鳴いていたのかもしれないが、旅人と違って、住みついた人間の耳や目は環境に慣れ過ぎてしまい鈍感になるので、こういうことになってしまう。一昨年の夏、多田道太郎さんのお宅をベースに、余白句会の仲間で宇治を訪れた。もちろん宇治橋も見に行った(!)が、もはやこの句のような美しさとは完璧に無縁であった。(清水哲男)


February 2622003

 春の月上げて広重美術館

                           遠藤睦子

広重
とえば、古句に森川許六の「清水の上から出たり春の月」があり、現代句に小澤克己の「青き月上げて谷間の河鹿笛」があるなど、類想句は多い。要するに、天上の月に対して地上に何を配するかによって、句の生命が定まる仕掛けだ。前者は「清水(寺)」という京の名刹を置いて美々しさを演出し、後者は見えない河鹿のきれいな鳴き声を配して、近代的な寂寥感を詠んでいる。蕪村が天心の月に「貧しき町」を置いて見せたのも、同じ手法と言ってよいだろう。季節は異っていても、これらの句に共通するのは、月夜の美しさを言うことが第一であり、月の下に配するものは、あくまでも月の引き立て役ということだ。掲句の場合は、配するに「広重美術館」を持ってきた。広重を顕彰する美術館は全国に散在しているので、どこの建物かはわからないが、わからなくても差し支えはない。というのも、この句のねらいは、句それ自身の景色を広重の描いた数々の月の絵と呼応させているところにあるからである。平たく言うと、句の景色がそのまま広重の絵の構図になっている。その面白さ。論より証拠。図版は吉原の夜桜見物を描いているのだが、地上にさんざめく人々を消してしまうと、あら不思議、まさに掲句の構図が忽然と浮かび上がってくるではありませんか。『水の目差』(2001)所収。(清水哲男)




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