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June 2961998

 玉葱の皮むき女ざかりかな

                           清水基吉

が玉葱をむいている。いまが旬の玉葱は、つややかにして豊満である。その充実ぶりは台所に立つ女にも共通していて、作者は一瞬、まぶしいような気圧されるような気分になった。女と玉葱。言われてみると、なるほどと思う。色っぽい。まさに取り合わせの妙というべきだろう。ただし一方では、悲しいことに、人はおのれの「さかり」を自覚できないということがある。玉葱をむいているこの女性も、そんなことは露ほども感じていないだろう。さすれば句のように、いつも「さかり」は他人が感じて、その上で規定し定義する現象である。そういう目で見ると、この句は色っぽさなどを越えて、人が人として存在する切なさまでをも指さしているようだ。以下は蛇足。規定し定義するといえば、辞書や歳時記はそのためにあるようなものだけれど、こうした本で調べて、何かがわかるということは意外にも少ない。手元の歳時記で「玉葱」とは何かを調べてみよう。「直径九センチ、厚さ六センチぐらいの偏平な球形。多く夏に採取する。たべるのは鱗形で、内部は多肉で、特異の刺激性の臭気がある。初秋のころ、白色もしくは淡緑色の小花を球形につづる。わが国へは明治初年の渡来」(角川版『俳句歳時記新版』・1974)。玉葱を知らない人が読んだら、かえって何がなんだかわからない。で、知っている人が読んでも、玉葱の実物とはかなり違う感じを受けるだろう。もちろん、事は玉葱だけに関わる問題じゃない。どうして、こんなことになっちまうのか。(清水哲男)


June 0362013

 人の世の芯まで愛す小玉葱

                           陽山道子

理の付け合わせに使われる小玉葱。普通の玉葱よりも柔らかくて、甘味も濃い。形状もいかにも可愛らしいから、小玉葱が嫌いな人はあまりいないだろう。作者は「人の世」もそのようであり、小玉葱が芯まで美味しいように、人の世も芯まで愛し得ると述べている。……とはいうものの、あまりそんなに理屈のかった句として読んではつまらない。小玉葱の球体から地球のそれ、さらには「人の世」と連想して、「みんな、良いなあ」と、機嫌よく思ったよ、ということだろう。作者の、そんなおおらかな心情を読み取って、読者が少しハッピーな気分になれば、句は成功である。なお小玉葱のことを「ペコロス」と言うが、この命名は日本独自のものであり、由来は不明だと「ウィキペディア」に出ている。『おーい雲』(2012)所収。(清水哲男)




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