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May 2451998

 午後からは頭が悪く芥子の花

                           星野立子

い日の午後、誰しもがいささかボーッとなってしまう状態を、「頭が悪く」と表現したところが面白い。このとき、作者に見えている芥子(けし)の花は何色だったろうか。辟易するような暑気と釣り合うということになれば、やはり赤い大輪だろう。花それ自身も、なんだかボーッとしているように見えるからだ。句が作られたのは、戦後間もなくの時期らしい。あの頃は、そこらへんに芥子が咲いていたものだ。美空ひばりの「私は街の子」にも、芥子は東京あたりでも平凡に「いつもの道に」咲いているように歌われている。ところが、この植物は阿片の原料になることから、現在では栽培が禁止されており、めったに見られなくなってしまった。私が頼りにしている花のカタログ集・長岡求監修『野の花・街の花』(講談社・1997)にも載っていないという情けなさ。「どう咲きゃいいのよ、この私……」と歌ったのは、やはり芥子の花が出てくる「夢は夜ひらく」の藤圭子であったが、いまでは日本のどこかで、きっと芥子のほうこそが「どう咲きゃいいのよ」と見悶えしていることだろう。『続立子句集・第二』(1947)所収。(清水哲男)


November 03112007

 落魄やおしろいの実の濡れに濡れ

                           藤田直子

れるは光るに通じている。先日の時ならぬ台風の日、明治神宮を歩いた。玉砂利に、団栗に、ざわつく木々とその葉の一枚一枚に降る雨。太陽がもたらす光とは違う、冷たく暗い水の光がそこにあった。何年か前の雨月の夜、同じように感じたことを思い出す。観月句会は中止となったが、せっかく久しぶりに会ったのだからと、友人と夜の公園に。青い街灯に、桜の幹が黒々と、月光を恋うように光っていた。この句は、前書に「杜國隠棲の地 三句」とあるうちの一句。坪井杜國(つぼいとこく)は、蕉門の一人で、尾張の裕福な米穀商だったが、商売上の罪で流刑、晩年は渥美半島の南端で隠棲生活を送った。享年三十四歳。おしろいの花の時期は、晩夏から晩秋と長いが、俳句では秋季。落魄(らくはく)の、魄(たましい)の一字にある感慨と、おしろいの実の黒く濡れた光が呼応して、秋霖の中に佇む作者が見える一句である。芭蕉は、この十三歳年の離れた弟子に、ことのほか目をかけ、隠棲した後に彼の地を訪ね、別れ際に、〈白芥子に羽もぐ蝶の形見かな〉の句をおくったという。あえかなる白芥子の花弁と、蝶の羽根の白に、硬く黒いおしろいの実の中の、淡い白さが重なる。「秋麗」(2006)所収。(今井肖子)




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