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April 2841998

 蛇穴を出て今年はや轢かれたり

                           竹中 宏

眠から覚めた蛇が穴から出てきた。が、すぐに、あっけなくも車に轢かれてしまった。なんというはかない生命だろう。突き放したような詠み方だけに、余計にはかなさがクローズアップされている。最近の東京では、青大将が出ただけで写真つきの新聞記事になる。それほどに珍しいわけだが、作者は京都の人だから、おそらくは実見だろう。作者について付言しておけば、高校時代から草田男の「萬緑」で活躍し、私とはしばらく「京大俳句会」で一緒だったことがある。当時、草田男に会う機会があり、「これからは君たちのような若い人にがんばってもらわなくては……」と激励された。二人とも詰襟姿で、雲上人に会ったようにガチガチに緊張したことを思い出す。直後、私は俳句をやめてしまったが、彼はその後も研鑽を積み、現在は俳誌「翔臨」を拠点に旺盛な作句活動を展開している。「翔臨」(1998・31号)所載。(清水哲男)


March 2132000

 春の蛇座敷のなかはわらひあふ

                           飯島晴子

まえられているのは「蛇穴を出づ」という春の季語(当歳時記では、ここに分類)だ。冬眠していた蛇が、穴から這い出してくることを言う。したがって、この蛇はひさしぶりの世間におどおどしている。ぼおっともしている。そこへ、座敷のほうからにぎやかな笑い声が聞こえてきた。笑い声が聞こえてきた段階で、蛇は作者自身と入れ替わる。途端に、すうっと胸の中に立ち上がってくる寂寥感。人がはじめて寂しさを覚えるときの、あの仲間外れにされたような、誰もかまってくれないような孤独感を詠んでいるのだ。実存主義とは何かという問いに答えて、ある人が「電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのも、みんな私のせいなのよ」みたいな思想だと言ったことがある。句の気分は、その類の揶揄を排した実存主義の心理的感覚的な解剖のようにも、私には写ってくる。蛇が大嫌いな人でも、句の世界はしみじみと納得できるだろう。この季語には、美柑みつはるに「蛇穴を出て野に光るもの揃ふ」、松村蒼石に「蛇穴を出づ古里に知己少し」などの多くの佳句もあるが、蛇と作者がすうっと入れ替わる掲句の斬新な発想には、失礼ながらかなわないと思う。『春の蔵』(1980)所収。(清水哲男)


April 1342001

 蛇穴を出れば飛行機日和也

                           幸田露伴

語は「蛇穴を出づ」で、春。冬眠からさめた蛇が地中から出てみると、ぽかぽかとした上天気。空を見上げて、思わずも「ああ、飛行機日和だ」とつぶやいている。まさか蛇がつぶやくわけもないが、ようやく長い冬のトンネルを抜け出た作者が、上機嫌で蛇につぶやかせたくなったのだ。真っ暗な地中から出てきたら、真っ先に目に入るのは周辺の景色ではなく、やはり明るい上空だろう。「蛇」と「飛行機」。この取り合わせには、意表を突かれる。それにしても、「飛行機日和」なんて楽しい言葉があったとは……。現代の「フライト日和」は飛行機に乗る人の側からの発想だが、「飛行機日和」は飛んでいる飛行機を下から見上げる人のそれだろう。昔の飛行機は低空で飛んだので、機影がよく見えた。パイロットの顔も見えた。爆音が近づいてくると、大人も子供も外に出て「凄いなあ」と眺めたのである。私の子供の頃は、飛行機はもちろんだが、自動車が通りかかっても後を追いかけて走ったものだ。排気ガスの匂いが、なんとも言えぬほどに心地よかった。まさに芳香。みんなで、胸いっぱいに吸い込んでいた。爾来半世紀を閲して、飛行機はよく見えなくなり、排気ガスは悪臭と化す。さて、今日の天気を「何日和」と言うべきなのか。『俳句の本』(2000・朝日出版社)所載。(清水哲男)


February 2822004

 古代の夢脈打たせつゝ蛇覚めぬ

                           下重暁子

の季語に「蛇穴を出づ」がある。冬眠していた蛇が、暖かくなって穴から這い出してくることを指す。揚句には「蛇覚めぬ」とあるから、這い出す前の目覚めの状態を言っているわけで、まずはここが面白いと感じた。そうなのだ、行動の前には目覚めがなくてはいけない。目覚めた蛇がすぐに出てくるのかどうかは知らないけれど、蛇にだって寝起きの悪いのもいるだろう。そんな奴はなかなか出てこなかったりして、などと空想に遊んでみるのも楽しい。それはともかく、この蛇が見ていた夢は、古代の夢だ。すなわち、洋の東西を問わず、正邪いずれの意味にせよ、蛇が大いに珍重されていた時代の夢を見ていた。日本でも古代から、山の神、水の神、雷神としての蛇の信仰が伝えられており、記紀には八岐大蛇についての物語や、大和の御諸山の祭神・大物主命が蛇体であったことが記されている。そんな時代の夢を見たものだから、この蛇は興奮して身体を「脈打たせつゝ」目覚めたのだった。天下を取ったような気分だったろう。地上に出ても、そこには何も怖いものはない、なんだって可能なんだという思い……。が、掲句の味わいはここから先にあるのであって、徐々に覚醒の進んできた蛇が、やがて「なんだ、夢だったのか」と失意に落ちる刻がやってくるのだ。これから、古代とは大違いの忌み嫌われる世界へと、出ていかなければならない。その哀れを言わずに、一歩手前で止めたところに妙手を感じる。作者は、知る人ぞ知るNHK元アナウンサー。うまいもんですね。なお、掲句を当歳時記では、便宜上「蛇穴を出づ」に分類しておきます。金子兜太編『各界俳人三百句』(1989)所載。(清水哲男)


March 2832005

 蛇穴を出づるとの報時計見る

                           鈴木鷹夫

語は「蛇穴を出づ」で春。ははは、とても可笑しい。面白い。でも、どういうシチュエーションなのだろうか。冬眠から覚めた「蛇」を見かけたという「報」が入った。「ずいぶんまた、今年は早く出てきたな」と思った作者は、途端に無意識に「時計」に目をやったというのである。つまり、そこで普通なら「今日は何日だったかな」と壁に掛けたカレンダーなどで確認するところを、思わずも「いま、何時だろう」とばかりに、時計を見てしまったというわけだ。カレンダー付きの時計もなくはないけれど、そうした種類の時計ではない。あくまでも、普通の時計だからこそ可笑しいのだ。咄嗟の行為だから,シチュエーションとしては電話で報せてきたと考えるのが妥当で,手紙だったらこのような間違いにはいたらないはずだ。作者はとにかく間抜けなことをやっちまったわけだが、しかしこの種の間抜けは、誰にでも思い当たる質の間抜けである。すっかり日常的に身についている行為が,何かの判断ミスから、すっと出てきてしまう。だが、その間抜けは、多く自分にだけわかる性質のものであり、たとえばこのときに誰かが作者の傍らにいたとしても、単に時計を見た作者の行為が間抜けとはわからないわけだ。したがって,間抜けの主人公は一瞬「しまった」と思い,だが次の瞬間には(誰にもそれと悟られなくて)「ああ、よかった」となる。ましてや、この場合の素材が眠りから覚めたばかりでボオッとしているであろう蛇だから,余計に可笑しく写る。そんな微妙な色合いの失敗を、淡々として提出している作者は,おそらく人生の機微をよく知る人なのだろう。『千年』(2004)所収。(清水哲男)


February 1022010

 猪突して返り討たれし句会かな

                           多田道太郎

太郎先生が亡くなられて二年余。宇治から東京まで、熱心に参加された余白句会とのかかわりに少々こだわってみたい。「人間ファックス」という奇妙な俳号をもった俳句が、小沢信男さん経由で一九九四年十一月の余白句会に投じられた。そのうちの一句「くしゃみしてではさようなら猫じゃらし」に私は〈人〉を献じた。中上哲夫は〈天〉を。これが道太郎先生の初投句だった。その二回あと、関口芭蕉庵での余白句会にさっそうと登場されたのが、翌年二月十一日(今からちょうど十五年前)のことだった。なんとコム・デ・ギャルソンの洋服に、ロシアの帽子というしゃれた出で立ち。これが句会初参加であったし、宇治からの「討ち入り」であった。このときから俳号は「道草」と改められた。そのときの「待ちましょう蛇穴を出て橋たもと」には、辛うじて清水昶が〈人〉を投じただけだった。「待ちましょう」は井川博年の同題詩集への挨拶だったわけだが、博年本人も無視してしまった。他の三句も哀れ、御一同に無視されてしまったのだった。掲出句はその句会のことを詠んだもので、「返り討ち」の口惜しさも何のその、ユーモラスな自嘲のお手並みはさすがである。「句会かな」とさらりとしめくくって、余裕さえ感じられる。句集には「余白句会」の章に「一九九五年二月十一日」の日付入りで、当日投じた三句と一緒に収められている。道草先生の名誉のために申し添えておくと、その後の句会で「袂より椿とりだす闇屋かな」という怪しげな句で、ぶっちぎりの〈天〉を獲得している。『多田道太郎句集』(2002)所収。(八木忠栄)




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