蟄」隱槭′魘峨ョ蟾」縺ョ句

April 0341998

 たそがれのなにか落しぬ鴉の巣

                           畑 耕一

までこそ、とくに都会では嫌われ者のカラスではあるが、かつては「七つの子」や「からすのあかちゃん」と歌にも歌われたように、人はカラスにむしろ親愛の情を抱いていた。頭がいいし、親子の情愛が深いところが好まれたのだろう。たそがれどき、高い樹の下を歩いていると、上の方からなにやら落ちてきた。ああ、きっとこの樹の上にはカラスの巣があるのだなと納得し、作者は暖かい気持ちになっている。カラスの巣は外側を枯れ枝で組み、内部には枯れ草や羽毛、獣毛などを敷く。この獣毛が動物園では問題で、井の頭自然文化園のヒツジの背中は、哀れにもすっかり禿げてしまっている。ここにはカラスが千羽ほどいるそうだが、かわりばんこにヒツジの背に飛来しては毛を失敬していくからである。上野の森のカラスは、なんとパンダの毛を巣づくりに使うという豪勢な話も聞いた。(清水哲男)


May 0652016

 昼を打つぼんぼん時計鴉の巣

                           近本セツ子

は春先から繁殖期に入り、大木の高い所に小枝を椀状に編み上げて五十センチ程の大きな巣をつくる。前年の巣を利用してより大きくなった巣もある。そんな鴉の巣が見える人家がある。忙しなくデジタルに展開する世間を他所に、そこには取り残された様なゆっくりとした時間が流れる。壁の柱のぼんぼん時計もその象徴の一つだろう。広い家の庭からは梢に出来た鴉の巣が見える。戸主が居て長男が後を継ぐ世界を経て来た。恐らくは大家族の時代があったろう。それも今は昔、若い者が次々と都会へ出て、この家の家族構成も移り変わった。少人数世帯、老人だけが居残っただろうか。相変わらずのアナロク時計がボンとなり昼を告げた。<冬草や時計回りの散歩道><木の国の春の音かも時計鳴る><壊れたる銀の時計に春遅々と>。俳誌「ににん」(2015年春号)所載。(藤嶋 務)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます