投資先が倒産寸前。泡を食って出かけた橋本が、老獪スハルトにまた金を出す羽目に。




1998ソスN3ソスソス16ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

March 1631998

 緑なす松や金欲し命欲し

                           石橋秀野

は常緑樹であるが、花の後で蕊が長くのび、若々しい新緑の芽を吹き出す。生命の勢いを感じさせられる。そんな松の様子を、俳句では「若緑」と言ってきた。この季語は「松」に限定されているのだ。ところで、この句をポンと見せられた読者は、何を感じ取るだろうか。金も欲しいし、命もほしい。……だなんて、ずいぶんとムシのいい作品だと思うのが普通かもしれない。だが、実は作者が幼な子を抱えて余命いくばくもない主婦だと知れば、おのずから感想は異なってくるはずである。人生の悲しみ、ここに極まれりと感じるだろう。どちらにでも受け取れる句だ。俳句には、作者の人生がからみつく。句が独立したテキストとして立つというのではなく、人生や時代背景の大きなテキストのフラグメントとして機能する。このとき、俳句は芸術なのだろうか。そう問題提起したのが桑原武夫であったし、いわゆる現代詩の成立する根拠の一つともなっている。実はこの句は、死の予感のなかで詠まれたものだ。芸術であろうがなかろうが、作者は発語せざるを得なかったのである。それが「俳句」だ。石橋秀野は山本健吉夫人だった。彼女の生涯については、上野さち子『女性俳句の世界』(岩波新書)に簡潔的確に描かれている。『桜濃く』(1949)所収。(清水哲男)


March 1531998

 ファインダーてふ極小の窓の春

                           林 翔

者の林翔(はやし・しょう)は八十四歳。1940年(昭和15年)に「馬酔木」入会というから、本格的な句歴は六十年に及ぼうとしている。カメラの極小の窓からは、どんな春が見えたのだろうか。最近気がついたことだが、カメラを片手に散歩する高齢者の何と多いことか。有名な公園などでは、「極小の窓」から覗いている人の邪魔をしないようにするのが一苦労だ。たいていの人は、植物を被写体にしている。間違っても、行きずりの美人を撮ったりはしない。かつて稲垣足穂が「人間の興味は、歳を取るにつれて動物から植物に、さらには鉱物へと移っていく」と言ったのは、本当だった。私はまだまだ美人は好きだけれど、だんだんとそうなりつつあることも否定できない。たまにデジカメを持って、近所をウロウロする。ひとりでに、好みの花ばかり探している自分に気がつく。『あるがまま』(1998)所収。(清水哲男)


March 1431998

 卒業す片恋のまま ま、いいか

                           福地泡介

出は「サンデー毎日」の「ヒッチ俳句」。「ま、いいか」が絶妙ですね。これを「ま、いいか 片恋のまま卒業す」とすると味がなくなってしまう。ここらへんがマンガ家のセンスである。ホースケは片想いが好きで(こういうと変であるが)、他にも「梅一輪ほどのひそかな片思い」という句もある。「ヒッチ俳句」にはマンガも添えられていて、評者は、立ち読みで愛読していました。福地泡介は1995年1月5日、57歳で死去。今回引用した句は東海林さだお編・福地泡介[マンガ+エッセイ]傑作選『ホースケがいた』(日本経済新聞社・1500円)による。この本が実にいい。こんな素晴らしい追悼集は久方読んだことがない。友の情けに泣ける本です。(井川博年)




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