荳顔伐莠泌鴻遏ウ縺ョ句

November 07111997

 秋の雲立志伝みな家を捨つ

                           上田五千石

月に急逝した作者の、いわば出世作。その昔は、何事かへの志を立てた人物は、まず「家」からの自立問題に懊悩しなければならなかった。多くの立志伝の最初の一章は、そこから始まっている。晴朗にして自由な秋の雲に引き比べ、なんと人間界には陰湿で不自由なしがらみの多いことか。嘆じながら作者は、再び立志伝中の人々に思いをめぐらすのである。継ぐべき「家」とてない現代は、価値観の多様化も進み、志の立てにくい時代だ。このことを逆に言えば、妙な権威主義的エリートの存在価値が希薄になってきたということであり、私はこの流れに好感を持っている。ふにゃふにゃした若者の志が、如何にふにゃふにゃしていようとも、「家」とのしがらみに己の人生を縛られるような時代だけは、私としてもご免こうむりたいからだ。『田園』所収。(清水哲男)


July 1371998

 けふのことけふに終らぬ日傘捲く

                           上田五千石

日中にやっておかなければならないことを、結局は果たせなかった。といっても、そんなに大きな仕事ではない。ちょっとした用事や挨拶など。帰宅して日傘を捲きながら、少し無理をしてでも終わらせておけばよかったのにと、軽い後悔の念にとらわれている状態だろう。そうした思いを断ち切るかのように、キリッと傘を捲き上げるのだ。こういうことは、よくある。少なくとも、私にはよく起きる。しかし、世の中には恐ろしいほどにスケジュールに忠実な人もいて、きちんきちんと仕事や用事をこなしていく。その様子は傍目で見ていても気持ちがよいものだが、どうしても私には真似ができない。生来のモノグサということもあるけれど、突然スケジュールにはなかったスケジュールが出てくることが多く、その枝葉のほうのスケジュールに没入してしまいがちからだ。パソコンで手紙を書こうとして、ふとやりかけていたゲームの続きにはまりこんでしまうようなもので、こうなるともうイケない。日傘を捲くどころか、日傘の存在すら失念してしまうのである。『俳句塾』〔1992〕所収。(清水哲男)


February 1921999

 しやがむとき女やさしき冬菫

                           上田五千石

語ではあるが、冬菫というスミレの品種はない。春に咲くスミレが、どうかすると晩冬に咲くこともあり、それを優雅に呼称したものである。もとより珍しいので、見つけた女性はしゃがみこんで見ている。そのしゃがむ仕草を、作者の五千石は女性「一般」のやさしさの顕れと見て、好もしく思っている。ところが、この句の存在を知ってか知らずか、池田澄子に「冬菫しゃがむつもりはないけれど」の一句がある。昨年だったか、両句の存在を知ったときに、思わず吹き出してしまった。こいつは、まるで意地の張り合いじゃないか……などと。五千石は他界されているので、わずかな知己の間柄(たった一度、テレビの俳句番組でご一緒しただけ)ではある池田さんに電話をかけて聞いてみようかなと思ったりしたのだが、やめた。これは両句とも、このままで置いておいたほうが面白かろうと、なんだかそんな気がしたからであった。人、それぞれでよい。詮索無用。人の「やさしさ」を感じる心にしても、しょせんは人それぞれの感じ方にしか依拠できないのだから。(清水哲男)


February 2022000

 朝寝して旅のきのふに遠く在り

                           上田五千石

語は「朝寝」で春。春眠に通じる。長旅から戻った疲れから、時間を忘れて遅くまで眠った。目覚めたときに一瞬、自分の寝ている場所がどこかと確認し、自宅であることに安堵して、またうつらうつら……。心地よいまどろみ。「きのふ」までの遠い旅の余熱が残っている気分が、よく出ている。海外から戻ったときなどには、とくにこうした気分の朝を迎える。旅先での緊張度が、いかに重いものかを実感させられるときだ。俗に「枕がかわると眠れない」などと言うが、旅行には必ず自分の枕を携行する友人がいる。ライナスの毛布みたいだけれど、案外そういう人は多いのかもしれない。私の場合は、大昔の学生運動でのごろ寝の習慣が身に付いてしまい、どんな環境でも一応は寝ることができる。ただ、だんだん年齢を重ねてくるにつれ、身体がぜいたくになってきたのか、静かな部屋でゆったり寝たいと思うようにはなってきた。よほどのことでもなければ、もう教室の机の上や公園のベンチで寝ることもないだろう。青春という名のはるかに遠い旅の日々よ。「俳句とエッセイ」(1982年5月号)所載。(清水哲男)


January 2012001

 嚢中に角ばる字引旅はじめ

                           上田五千石

中(のうちゅう)の「嚢」は、氷嚢(ひょうのう)などのそれと同じ「嚢」。袋、物入れの意。この場合は、スーツケースというほどのものではなく、小振りで柔らかい布製のバッグだろう。旅先で必要なちょっとした着替えの類いのなかに「字引」を一冊入れたわけだが、これがまことに「角ばる」ので収まりが悪い。「字引」とあるが、歳時記かもしれない。「歳時記は秋を入れたり旅かばん」(川崎展宏)。こういう句を読むと、あらためて「俳人だなあ」と思う。俳人は、その場その場で作品を完成させていく。旅先では句会もあるし、いつも「字引」が必要になる。帰宅してから参照すればよいなどと、呑気に構えてはいられない。だから「角ばる字引」の収まりが悪い感覚は、俳人の日常感覚と言ってよいだろう。多く俳人は、また旅の人なのだ。その感覚が年末年始の休暇を経た初旅で、ひさしぶりによみがえってきた。さあ、また新しい一年がはじまるぞ。「角ばる字引」のせいで少しゆがんだバッグを、たとえば汽車の網棚に乗せながら得た発想かと読んだ。私は俳人ではないから、いや単なる無精者だから、旅に本を携帯する習慣は持たない。たまに止むを得ず持っていくときには、収まりは悪いは重いはで、それだけで機嫌がよろしくなくなる。何か読みたければ、駅か旅先で買う。そして、旅の終わりの日には処分する。めったに持ち帰ったことはない。そうやって、いちばんたくさん読んだのが松本清張シリーズである。『俳句塾』(1992)所収。(清水哲男)


May 2452002

 子探しの声の遠ゆくかたつむり

                           上田五千石

語は「かたつむり(蝸牛)」で夏。夕暮れ近く、遊びに出かけたまま、なかなか戻ってこない子供を母親が探している。どこのお宅に入りこんで遊んでいるのか。心当たりの方向に「○○ちゃーん、ゴハンですよー」と声をかけて歩いている。その声も、だんだん遠ざかっていく。「遠ゆく」という言葉は初見だが、意味はこれでよいだろう。作者の造語だろうか。あるいは、どこかの方言かもしれない。開け放った作者の窓辺には、我関せず焉といった風情で「かたつむり」がじっと眠っている。母親の「子探し」といってもこの時間には毎度のことだから、何も心配するほどのことでもない。そんな「世はすべて事もなし」の好日感を、さらっとスケッチした句だ。強いて理屈をこねれば、かたつむりはいつも家を背負って歩いているので、子探しをすることもないから、人間よりもよほど気楽。比べて、人間の暮らしはあれこれと厄介なことが多い。ここらあたりのことを対比していると読めないこともないけれど、私はさらっと読んでおく。そのほうが、夏の夕暮れの情景を気持ちよく受け止められる。最近では、こうした情景も見られなくなってしまった。表から大声で呼んでも聞こえない構造の家が増えてきたし、電話も普及している。それに第一、当の子供が遊んで歩かなくなってしまったからだ。掲句は、いまから三十年ほど前に詠まれたもの。『森林』(1978)所収。(清水哲男)


June 0662002

 扇置く自力にかぎりありにけり

                           上田五千石

語は「扇(おうぎ)」で夏。中国の団扇(うちわ)に対して、平安時代はじめに日本で考案されたのだそうだ。さすがと言おうかやはりと言おうか、コンパクト化の得意な國ならではの発明品である。それはともかく、掲句は「自力」に「かぎり(限り)」のあることを、さしたる重さを感じさせない扇を媒介にして言ったところが面白い。字句通りにすらりと理解すれば、作者は「扇置く」ときに、いささかの重さを感じて、その重さから自分の持てる力の限界を連想したことになる。扇ならまだ楽々と持ったり置いたりすることはできるけれど、他方、自力ではどうにもならない重いものが存在することに素早く思いがいたり、すなわち人の力には限界ありと納得したのだ。むろん、このように読んでよい。ちゃんと、そう書いてあるのだから。しかし私には、句がもっと別のことを言っているように写る。むしろ、反対に近いことを言っているのではあるまいか。つまり、作者は扇を扱う以前に、たぶん精神的な「かぎり」に追いつめられるような状態があって、そこでたまたま扇を置いたときに閃いた句ではないのだろうか。自力の「かぎり」に懐疑的なままで、一応の自己説得のために「ありにけり」の断定を置いてみたという感じ。前者と読めば、句の中身はさながら格言のようにふっきれる。後者だと、たかが扇を置くくらいではふっきれない何かが依然として残る。「自力」の可能性を前者のようにすぱりと割り切られては困るという、私のへそ曲がり的な読みにすぎないのかもしれないけれど。『俳句塾』(1992)所収。(清水哲男)


April 2642003

 行く春やほろ酔ひに似る人づかれ

                           上田五千石

っかり花も散った東京では、自然はもう初夏の装いに近くなってきた。そろそろ、今年の春も行ってしまうのか。これからは日に日に、そんな実感が濃くなっていく。しかし、同じ季節の変わり目とはいっても、秋から冬へ移っていくときのような寂しさはない。万物が活気に溢れる季節がやってくるからだ。それにしても、寒さから解放された春には外出の機会が多くなる。花見をピークとして人込みに出ることも多いし、人事の季節ゆえ、歓送迎会などで誰かれと会うことも他の季節よりは格段に多い。春は、いささか「人づかれ」のする季節でもあるのだ。その「人づかれ」を、作者は「ほろ酔ひに似る」と詠んだ。うっすらと意識が霞んだような酔い心地が、春行くころの温暖な空気とあいまって、決して不快な「人づかれ」ではないことを告げている。ちょっとくたびれはしたけれど、心地のよい疲労感なのである。この三月で、私はラジオの仕事を止めたこともあって、普段の年よりもよほど「人づかれ」のする春を体験した。作者と同じように「ほろ酔ひ」の感じだが、もう二度とこのような春はめぐってこないと思うと、う〜ん、なんとなく寂しい気分もまざっている、かな。『俳句塾』(1992)所収。(清水哲男)


July 3172003

 ふだん着の俳句大好き茄子の花

                           上田五千石

語は「茄子の花」で夏。小さくて地味な花だが、よく見ると紫がかった微妙な色合いが美しい。昔から「親の意見となすびの花は千に一つの無駄がない」と言われるが、話半分にしても、見た目よりはずっと堅実でたくましいところがあるので、まさに「ふだん着」の花と言えるだろう。作者は、そんな茄子の花のような句が「大好き」だと言っている。作者のような俳句の専門家にはときおり訪れる心境のようで、何人かの俳人からも同様の趣旨の話を聞いたことがある。技巧や企みをもって精緻に組み上げられた他所行きの句よりも、何の衒いもなくポンと放り出されたような句に出会うと、確かにホッとさせられるのだろう。生意気を言わせてもらえば、私もこのページを書いていて、ときどき駄句としか言いようのない句、とんでもない間抜けな句に惹かれることがある。それもイラストレーションの世界などでよくある「ヘタウマ」の作品に対してではない。「ヘタウマ」は企む技法の一つだから、掲句の作者のような心持ちにあるときには、かえって余計に鼻についてしまう。純粋無垢な句と言うのも変だろうが、とにかく下手くそな句、「何、これ」みたいな句がいちばん心に染み入ってくるときがあるのだ。私ごときにしてからがそうなのだから、句歴の長いプロの俳人諸氏にあってはなおさらだろう。そしてこのときに「ふだん着」は、みずからの句作のありようにも突きつけられることになるのだから、大変だ。茄子の花のように下うつむいてひそやかに咲き、たくましく平凡に結実することは、知恵でできることではない。「大好き」とまでは言ったものの、「さて、ならば、俺はどうすんべえか」と、このあとで作者は自分のこの句を持て余したのではあるまいか。『琥珀』(1992)所収。(清水哲男)


May 1252005

 緑蔭に低唱「リンデン・バウム」と云ふ

                           上田五千石

語は「緑蔭(りょくいん)」で夏。青葉の木陰は心地よい。二通りに解せる句で、ひとつは、緑蔭で誰かが低く歌っている「リンデン・バウム」が聞こえてきたという解釈と、もう一つは自分で歌っているという解釈だ。私は「緑蔭に」の「に」を重視して、自分が口ずさんでいると取る。ほとんど鼻歌のように、何の必然性もなく口をついて出てきた歌。それがシューベルトの名曲「リンデン・バウム」だったわけだが、作者はその曲名をあらためて胸の内で「云ふ」ことにより、美しい歌の世界にしばしうっとりとしたのだろう。あるいはこの曲にはじめて接した少年時代への懐旧の念が、ふわっとわいてきたのかもしれない。いずれにしても、ちょっとセンチメンタルな青春の甘さが漂っている句だ。♪泉に沿いて繁る菩提樹……。私は中学二年のときに習ったが、この曲を思い出すと、教室に貼ってあった大きなシューベルトの肖像画とともに、往時のあれこれがしのばれて、胸がキュンとなる。学校にピアノはなく、オルガンで教えてもらった。ところで「リンデン・バウム」を菩提樹と訳したのは堀内敬三だが、ドイツあたりではよく見かけるこの樹は、お釈迦様の菩提樹とも日本の寺院などの菩提樹とも雰囲気がかなり違う。両者の共通点は同じシナノキ科に属するところにはあるのだけれど、この訳で良かったのかどうか。もっとも「菩提樹」という宗教的な広がりを感じさせる訳だったからこそ、日本にもこの歌が定着したとも言えそうだが。『田園』(1968)所収。(清水哲男)


February 2222006

 さびしさのじだらくにゐる春の風邪

                           上田五千石

語は「春の風邪」。俳句では、単に「風邪」というと冬季になる。冬だろうが春だろうが、風邪引きは嫌なものだ。が、程度にもよるけれど、冬の風邪がしっかり身にこたえるのに比べて、春の風邪はなんとなくだるい感じが先行する。ぐずぐずと、いつまでも治らないような気もする。そんな春の風邪の気分を、巧みに言い止めた句だと思う。いわば「春愁」の風邪版である。外光も明るいし,気温も高い。そんななかで不覚にも風邪を引いてしまい、いわれなき「さびしさ」にとらわれているのだ。そしてその「さびしさ」は、だんだんに嵩じてくると言うよりも、むしろだらりと「じだらく(自堕落)」な状態にある。つまり心身から緊張感が抜けてしまっているので、「さびしさ」までもが一種の自己放棄状態になってしまっているというわけだ。どうにもシマらない話だが、しかしこの状態に「ゐる」のは、必ずしも不快な気分ではない。たとえいわれなき「さびしさ」であるにもせよ、それが自堕落であってもよいのは、せいぜいが風邪引きのときくらいのものだからだ。日常的、社会的な関係のなかで、ふっと訪れた緊張感を解くことの許される時間……。風邪はつらいけれど、一方でそのような時間を過ごせる気分はなかなか味わえるものではない。「さびしさ」を感じつつも、作者は「じだらくにゐる」おのれの状態をいやがってはいない。私もときに、発熱してとろとろと寝ているときに、そんな気分になることがある。『天路』(1998)所収。(清水哲男)




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