August 1481997

 踊りゆく踊りの指のさす方へ

                           橋本多佳子

りといえば、俳句では盆踊りのことを言う。秋の季語。踊りの句はたくさんあるが、すぐに気がつくのは、踊りの輪に入らずに詠んだ句がほとんどだということ。男の句になると、昔から特に目立つ。俳人はよほどシャイなのだろうか。たとえば森澄雄の「をみならにいまの時過ぐ盆踊」や鷹羽狩行の「踊る輪の暗きところを暗く過ぎ」など佳句であることに間違いはないが、なんとなく引っ込み思案が気取っているような恨みは残る。その点で、この句には参加意識が感じられる。傍見しているとも読めるけれど、踊りの輪の中の実感と読むほうが面白い。この指のクローズアップは踊り手ならではの感覚から出ているのだと思う。「方へ」は「かたへ」と読む。(清水哲男)


August 0381998

 川に音還る踊の灯の消えて

                           岡本 眸

句での「踊」は盆踊りのこと。川端でのにぎやかな盆踊りの灯も消えると、人々は三々五々と散りはじめ、次第に静かな闇の世界が戻ってくる。宴の最中もいいものだが、その散り際にも情緒がある。なお去りがたく思っている作者の耳に、それまでは聞こえてこなかった(すっかり忘れていた)川の音が鮮やかに還ってきたというのである。ただそれだけのことでしかないのだけれど、盆踊りが果てた後のなんとも言えない寂寥感をきちんととらえており、絶品だ。私の田舎の盆踊り会場も、いつも川畔の小学校の校庭だったから、実感的にもよくわかる。田舎にも、最近はとんとご無沙汰だ。田舎の盆踊りには都会に出ている人たちがたくさん帰ってくるので、そのことだけでも十分に興奮できる要素がある。なつかしい顔を灯のなかでつぎつぎに見つけているうちに、なんだかそこが「この世」ならざる世界にも思えてきたりするのである。数年前、この我が母校も過疎の村ゆえに廃校になったという。山口県阿武郡高俣村立高俣小学校。父の出身校でもある。『朝』(1971)所収。(清水哲男)


August 1481999

 づかづかと来て踊子にさゝやける

                           高野素十

句で「踊子」といえば、盆踊りの踊り手のこと。今夜あたりは、全国各地で踊りの輪が見られるだろう。句の二人は、よほど「よい仲」なのか。輪のなかで踊っている女に、いきなり「づかづか」と近づいてきた男が、何やらそっと耳打ちをしている。一言か、二言。女は軽くうなずき、また先と変わらぬ様子で輪のなかに溶けていく。気になる光景だが、しょせんは他人事だ……。夜の盆踊りのスナップとして、目のつけどころが面白い。盆踊りの空間に瀰漫している淫靡な解放感を、二人に代表させたというわけである。田舎の盆踊りでは句に類したこともままあるが、色気は抜きにしても、重要な社交の場となる。踊りの輪のなかに懐しい顔を見つけては、「元気そうでなにより」と目で挨拶を送ったり、「後でな……」と左手を口元に持っていき、うなずきあったりもする。こういう句を読むと、ひとりでに帰心が湧いてきてしまう。もう何年、田舎に帰っていないだろうか。これから先の長くはあるまい生涯のうちに、果たして帰れる夏はあるのだろうか。『初鴉』(1947)所収。(清水哲男)


July 1172003

 盆踊ピッチャーマウンドに櫓建て

                           渡辺善夫

盆踊り大会■ボーイスカウト三鷹2団主催。7月12日(土)午後5時〜7時30分、ナザレ修女会境内広場(井の頭公園西口そば、玉川上水沿い)で。流しそうめん、焼き鳥などの出店も。▼当日、直接会場へ。」(三鷹市広報HP)。……いきなりローカルな告知で申しわけなし。東京のお盆は陽暦で行われるので、こうした告知が今あちこちでなされている。13日(日)が迎え火だけれど、土曜日の夜のほうが人が集まりやすいので、明日が盆踊りのピークになるのだろう。もう、そんな季節を迎えたのだ。掲句の作者は大阪は吹田市在住なので、「盆踊」は陰暦のそれとして詠まれていると思うが、中身は陰暦でも陽暦でも同じことだ。「ピッチャーマウンド」とはあるが、ちゃんとした野球場ではないと思う。そんなところを下駄で踏み荒らされたら、後の整備が大変だ。おそらく、学校の運動場ではあるまいか。たいてい、こんもりと土を盛ってマウンドが作ってある。そのマウンドを中心にして、盆踊りのための「櫓(やぐら)」が「建て」られた。句は、ただそう言っているだけなのだが、読む人によってはほほ笑ましく思う人もいるだろうし、しかし、そうではない人もいるはずだ。私などは後者で、読んだ途端に「痛っ」と感じた。べつにグラウンドを神聖視しているつもりもないけれど、なんだか無関係な人に勝手に踏み荒らされるのかと思うと、イヤな感じがしてくるからだ。だから逆に、たまさか学校の運動場を通ることがあっても、なるべくイン・フィールドは避けて歩くことにしている。さて、作者の作句意図はいずれにありや。読者諸兄姉は如何に解するや。『明日は土曜日』(2002)所収。(清水哲男)


August 2582004

 ひとめぐりするたびに欠け踊の輪

                           原 雅子

句で「踊(おどり)」といえば盆踊りのこと。秋の季語。句は輪踊りが「ひとめぐりするたび」に、だんだん踊り手の数が欠けてくる様子を詠んでいる。だいぶ夜も更けてきて、踊りのピークが過ぎようとしているのだ。見物していると、そこはかとない哀感を覚えるシーンであり、なんだか名残り惜しいような気持ちもわいてくる。とりわけてたまに帰省した故郷の盆踊りともなると、この感はひとしおだ。子供の頃からなじんだ場所で、組まれた櫓も同じなら唄も同じ、踊り方も同じなら踊り手の数も昔と似たようなものである。帰省子が、一挙に故郷に溶け込めるのが盆踊りの夜だといっても過言ではないだろう。踊る人々の輪のなかに、懐かしい誰かれの姿を見出してはひとり浮き立っていた気分が、しかし時間が経つに連れだんだん人が欠けてくると、少しずつ沈んでくる。懐かしいとはいっても、親しく話すような間柄ではない人も多いし、顔は知っていても名前すら知らない人もいるわけだ。つまり踊りの輪から欠けていった人とは、それっきりなのである。もう二度と、見かけることはないかもしれない。そうした哀感も手伝って、掲句の情景は身に沁みる。私の田舎では、踊りが終わると、すぐそばの川に灯籠を流した。川端は真の闇だから、もう誰かれの顔は見えない。『日夜』(2004)所収。(清水哲男)


August 1282006

 踊り込む桟敷の果の見えぬまま

                           稲畑汀子

題は「踊」で秋。旧暦の七月、旧盆の盆踊のこと。この句の場合は阿波踊、詠まれたのはちょうど一年前である。踊り込んでいるのは作者自身で、七回目の阿波踊であったという。昨年の今頃私も阿波踊の渦の中にいた。「連」と呼ばれる集団が踊る、あちこちに輪を作り踊る、裏通りで一筋の笛に踊る、皆明るい。出を待ちながら見上げる桟敷は高くどこまでも続いて見えるが、一歩を踏み出せばあとはただ踊るのみ、体の芯に不思議な灯がともる。今日から始まる阿波踊、今年も盆の月が濡れていただろうか。俳誌「ホトトギス」(2006年1月号)所載。(今井肖子)


August 2282006

 踊らねば只のししむら踊りけり

                           行方克巳

つかは見たいと願っている盆踊りも、岐阜郡上八幡の郡上踊りが終わり、秋田羽後の西馬音内盆踊りが終わり、富山八尾のおわら風の盆を残すばかりとなった。結局今年もまた、どの思いも叶わぬまま夏が終わる。しかし、元来盆踊りとは、盂蘭盆の行事であり、死者を供養するためのものであることを考えると、ゆかりのない土地の盆踊りを「見に行く」とはたいへん奇妙なことにも思う。踊りのさなか、風土はそこに暮らす人間を固く結びつけ、一方日常を遠くに引き離していく。句にある「ししむら」とは、肉の塊のことである。踊らぬ手足は単なる肉塊なのだという。この乱暴な断定が、自分の身体をことさら他人事のように眺め、また目の前に躍動する四肢の魅力をはちきれんばかりに輝かせる。踊り続けることで、肉体はますます個人から離れ、今やしなやかに呼吸する風土の一部となっている。しかし、この甘美な闇をさまよう肢体は、翌朝にはまた綿々と続く日常を歩く、ただの肉塊に戻らねばならない。「踊りけり」と強く言い切ることで、心のどこかで願う狂気を振り払い、わずかに日常との接点を保ちつつ踊り続けるのである。『祭』(2004)所収。(土肥あき子)


September 2892007

 籾殻より下駄堀り出してはき行きし

                           中田みづほ

秋の農家の風景。「写生」は瞬間のカットにその最たる特性をみるが、この句のような映像的シーンの中での時間の流れも器に適合したポエジーを提供する。掘って、出して、履いて、歩いていく。一連の動作の運びが、この句を読むたびに再生された動画のように読者の前に繰り返される。生きている時間が蘇る。同様の角度は、高野素十の「づかづかと来て踊子にささやける」や「歩み来し人麦踏をはじめけり」も同じ。みづほと素十が同じ東大医局勤務だったことを考え合わせるとこの符合は興味深い。僕らが日常的に目にしていながら、「感動」として記憶に定着しないひとこま、つまりは目にしていても「見て」いない風景を拾い出すことが、自己の「生」を実感することにつながる。そこに子規が見出した「写生」の本質があると僕自身は思っている。見たものを写すという方法を嗤う俳人たちがいる。無限の想像力で、言葉の自律性を駆使して創作すればいいのだと。ならば聞こう、それらを用いて、籾殻の中から下駄を掘り出すリアリティに匹敵できるか。そこに俳句における「写生」理念の恐ろしいほどの強靭さがある。講談社版『日本大歳時記』(1981)所載。(今井 聖)


August 3182010

 骨壺をはみだす骨やきりぎりす

                           杉山久子

月始めに亡くなった叔母はユーモアのある女性で、遊びに行くたびに飼っていた文鳥の会話をおもしろおかしく通訳してくれ、幼いわたしは大人になれば難しい漢字が読めるように鳥の言葉がわかるようになるのだと信じていたほどだった。70歳になったばかりだったが、40代からリウマチで苦しんだせいか、火葬された骨は骨壺をじゅうぶんに余らせて収まった。しかし掲句は、はみだすほどであったという。それは、厳粛な場所のなかでどうにも居心地悪く存在し、まさか茶筒を均らすようにトントンとするわけにもいかぬだろうし、一体どうするのだろうという不安を骨壺を囲む全員に与えていたことだろう。俳人としては、死ときりぎりすといえば思わず芭蕉の〈むざんなや冑の下のきりぎりす〉を重ねがちだが、ここは張りつめた緊張のなかで、「りりり」に濁点を打ったようなきりぎりすの鳴き声によって、目の前にある骨と、自身のなかに紡ぐ故人の姿との距離に唐突に気づかされた感覚が生じた。「はみだす」という即物的な言葉で、情念から切り離し、骨を骨としてあっけらかんと見せている。〈かほ洗ふ水の凹凸揚羽くる〉〈一島に星あふれたる踊かな〉『鳥と歩く』(2010)所収。(土肥あき子)


August 1982012

 月とるごと種まくごとく踊りけり

                           山口青邨

踊りです。徳島の阿波踊りや、富山県八尾の風の盆など、踊りながら練り歩く踊りは壮観ですが、掲句は、寺の境内や広場でやぐらを組んだ盆踊り会場のようです。そう判断するのは、表現から、身体の動きにぎこちなさを感じとれるからです。「月とるごと」で一度切れています。手本になる踊り手が、月を両手で取るごとく踊っていて、作者は、それを見よう見まねで動きをなぞっているのですが、すぐにはできない。やや動きが遅れる。上五を字余りにして「ごと」で切ったのは、踊りの輪に入ったときはまだ初心者で、動きがうまくいっていない状態を示しているように思われます。「月とる」動きに慣れてきて、今度は「種まくごとく」の動きにうつり、これは、ぴっ たり定型 に納まりました。身体もだんだん慣れてきて、手本の踊り手を見なくても、輪の中で、何度も何度も同じ所作を繰り返せる。楽しくなってきた。やや上気してきた。それが、「踊りけり」という実感のある納まりになっています。一句の中で、作者の身体の変化が伝わってくるようで、これも踊りの効用でしょうか。月をとったり、種をまいたり、これらの所作も風流で、花鳥風月を円環の輪の中で真似ぶ所作は、いとをかしです。「日本大歳時記・秋」(1981・講談社)所載。(小笠原高志)


September 2592013

 いつ来るとなく集りし踊かな

                           三遊亭圓朝

ろいろな踊りがあるけれど、俳句で「踊り」といえば盆踊りのこと。盆踊りはもともと、盆に戻ってきた先祖の霊もまじって、人が一緒になって踊るというもの。踊り手が手拭や編み笠で顔を隠すようにして踊るのは、亡者を表わしている。夕刻から盆太鼓が打ち始められ、次第に踊り手が増えて輪ができていく。まさに「いつ来るとなく」、いつしか人が集まって踊りの輪が広がっていく。圓朝のことだから、そのなかに尋常ならざる者も、幾人かまじっているのかもしれない。私もその昔、見よう見真似で踊ったりしたものだった。さかんなときは二重三重の輪ができることもあった。仮装大会などもあると一段と盛りあがった。私の母は若い頃には、乳飲児の私を姑に預けて、踊りに夢中になったこともあった、とよく聞かされた。私が今住む町の公園で、町内会の祭りが十年以上つづけられている。独自な盆唄をもたないから、いまだにあの♪月が出た出た……の炭鉱節のCDをくり返し流しつづけている。踊るアホーより見るアホーのほうが多く、自治会が運営する露店のビールや焼そばが繁昌しているようだ。盆踊りも時代とともに様変わりしたり、ちっとも代わり映えしなかったり、さまざまである。圓朝には他に「其なりに踊り込みけり風呂戻り」の句がある。永井啓夫『三遊亭圓朝』(1962)所収。(八木忠栄)


July 2072015

 鍬かつぎ踊の灯へと帰りゆく

                           中山世一

踊の灯。田舎の夜にとっては、特別な灯だ。普段は暮れてくると、漆黒の闇が訪れる。が、踊の夜だけは違う。多くは小学校などの広い土地が選ばれるが、今宵は灯が灯されて、暗闇に慣れた目には異常なほどに明るく写る。そんな灯を目指すかのように、仕事を終えた農夫が畑から帰ってくる。彼らが足早になるのは、単に踊の輪に加わりたいからではない。盆踊りが楽しみなのは、この行事のために久しぶりに帰郷してきた知人や友人の顔が見られるからだ。盆踊りの夜には、あちこちで再会の喜びの声が聞こえる。私も田舎に帰っていたころには、踊よりもこれらの邂逅のほうが数倍も楽しみだった。盆踊りは深夜に及ぶが、参加者には束の間くらいにしか感じられない。夢のような夜だと言ってもよい。明日になれば、また一年間会えぬ顔である。鍬をかつぐ肩に弾みがつくのも無理からぬ所以だ。『草つらら』(2015)所収。(清水哲男)




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