1997ソスN8ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

August 1481997

 踊りゆく踊りの指のさす方へ

                           橋本多佳子

りといえば、俳句では盆踊りのことを言う。秋の季語。踊りの句はたくさんあるが、すぐに気がつくのは、踊りの輪に入らずに詠んだ句がほとんどだということ。男の句になると、昔から特に目立つ。俳人はよほどシャイなのだろうか。たとえば森澄雄の「をみならにいまの時過ぐ盆踊」や鷹羽狩行の「踊る輪の暗きところを暗く過ぎ」など佳句であることに間違いはないが、なんとなく引っ込み思案が気取っているような恨みは残る。その点で、この句には参加意識が感じられる。傍見しているとも読めるけれど、踊りの輪の中の実感と読むほうが面白い。この指のクローズアップは踊り手ならではの感覚から出ているのだと思う。「方へ」は「かたへ」と読む。(清水哲男)


August 1381997

 ソーダ水うつむける時媚態あり

                           大須賀邦子

態(びたい)は、女性に特有の自己演出法である。半ば無意識に近い仕種も含むから、男にはなかなかそれとわからない。しかし、同性の目はごまかせませんよというのが、この句の眼目だろう。男女何人かで和気あいあいとソーダ水を飲んでいるシーン。何の変哲もなさそうな場であるが、女同士の間では目に見えぬ火花が散っている。だから、相手がうつむくたびに示す媚態が、気になって仕方がない。さながらソーダ水のあざとい色彩のように、目障りなのである。ひょっとすると、これは作者自身の媚態であり、そのことへの自己嫌悪かも知れぬ。そのほうが面白いかなとも思うが、いずれにしても女が女を見る目は恐いということ。(清水哲男)


August 1281997

 塩漬けの小梅噛みつつ冷酒かな

                           徳川夢声

声は、映画弁士、漫談家として話術の大家であった。俳句が好きで、いとう句会のメンバーとなり、おびただしい数の俳句を作った。彼の句集を古書店で求めて読んだ井川博年によると、数は凄いがロクな句はないそうだ。掲句にしても、なるほどうまくはない。「それがどうしたの」という感想だが、しかし、この冷酒はうまそうである。酒好きも有名で、戸板康二は次のように書いている。「大酒家で、映画館で眠ってしまったり、放送できないので古川緑波が声帯模写で代役をつとめたという珍談もある。英国女王の戴冠式に招待されていく船の中で吐血し、晩年は停酒と称して一切アルコールを絶っていたが、酔っているようなユーモラスな口調で誰ともしたしみ、愛される人柄だった。……」(旺文社『現代日本人物事典』)。(清水哲男)




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