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July 2271997

 鰻の日なりし見知らぬ出前持

                           後藤夜半

つものようにいつもの店から出前をとったら、見知らぬ出前持が届けに来た。思わずいぶかしげな顔をすると、察した相手が「臨時なんですよ。丑の日なもんで」と言った。なんでもない日常の一こまを捉えているだけだが、その底に庶民の粋が感じられる佳い句だ。『底紅』所収。(清水哲男)


July 2971998

 薮から棒に土用鰻丼はこばれて

                           横溝養三

日は、この夏の土用丑の日。鰻たちの厄日。毎年日付が変わるので、忘れていることが多い。作者も、そうだったのだろう。だから「薮から棒に」なのである。夕飯時のちょっとした出来事、いや事件だ。こういう事件は、しかし嬉しいものである。作者は「おいおい、どうしたんだ」と言いかけて、はたと今日が丑の日だったことに気がついたというところか。この句は、何種類もの歳時記に登場している。作者の嬉しさが素直に伝わってくるので、人気があるのだろう。ところで、真夏に鰻を食べる効用については、うんざりするほどの情報があるから、ここには書かない。ただ、『万葉集』の大伴家持の歌に「石麻呂(いはまろ)に吾れ物申す夏痩によしと云ふものぞ鰻とり召せ」とあり、これは覚えておいて損はないと思う。もしかすると、今夜の食事時に使えるかもしれない。草間時彦で、もう一句。「土用鰻息子を呼んで食はせけり」。息子にとってこの親心はむろん嬉しいだろうが、本当は、息子の健啖ぶりを傍で眺める親のほうがもっと嬉しいのである。(清水哲男)


July 2572001

 土用うなぎ冷戦に要るエネルギー

                           かとうさきこ

手が男であれ女であれ、昔から「冷戦」は苦手だ。パパッと言い合ったほうが、よほど楽である。しかし、止むをえずに「冷戦」に入ることもある。私から言わせれば、みんな相手のせいなのだ。不意に「むっ」と押し黙ったまま、物を言わなくなる。このタイプは、男よりも圧倒的に女に多い。こうなったらお手上げで、何を言っても無駄である。勝手にしろと、喧嘩のテーマを外れたところでも腹が立ち、しかし声をあらげるのも無駄だと知っているので、こちらも黙り込んでしまう。ここから、立派な「冷戦」となる。「冷戦」の嫌なところは、いつまでも尾を引くところ。その間に、ああでもあろうかこうでもあろうかと相手の心を推し量ることにもなり、なるほど「エネルギー」が要ること、要ること。この句を読んで感心させられたのは、「冷戦」中の作者がちゃっかり(失礼っ)と「土用うなぎ」に便乗してエネルギーを補強しているところだ。事「冷戦」に関しては、私に限らず、男にはまずこんな知恵はまわらないだろうと思う。たとえフィクションであろうとも、だ。したがって、掲句に「冷戦」得意の女性一般(気に障ったら、ごめんなさい)の強さの秘密を垣間みたような……。面白い発想だなあと、男としては、さっきから感心しっぱなしなのである。「俳句界」(2001年8月号)所載。(清水哲男)


July 2072002

 うなぎの日うなぎの文字が町泳ぐ

                           斉藤すず子

語は「うなぎの日(土用丑の日)」で夏。ただし、当歳時記では「土用鰻」に分類。この日に鰻(うなぎ)を食べると、夏負けしないと言い伝えられる。今年は今日が土用の入りで、いきなり丑の日と重なった。したがって、この夏の土用の丑の日はもう一度ある。鰻にとっては大迷惑な暦だ。句のように、十日ほど前から、我が町にも鰻専門店はもちろんスーパーなどでも「うなぎの文字」が泳いでいる。漢字で書くと読めない人もいると思うのか、たいていの店が「うなぎ」と平仮名で宣伝している。面白いのは「うなぎ」の文字の形だ。いかにも「うなぎ」らしく見せるために、にょろにょろとした形に書かれている。なかには、実際の姿を組合わせて文字に仕立てた貼紙もあって、句の「うなぎ」表記はなるほどと思わせる。作者は、夏が好きなのだ。もうこんな季節になったのかと、町中を泳ぐ「うなぎ」に上機嫌な作者の姿がほほ笑ましい。今宵の献立は、もちろんこれで決まりである。私は丑の日だからといって鰻を食べようとは思わない性質(たち)だけれど、世の中には、こういうことに律義な人はたくさんいる。名のある店では、今日はさしずめ「鰻食ふための行列ひん曲がる」(尾関乱舌)ってなことになりそう……。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)


July 2772003

 土用鰻劉寒吉の歌と待つ

                           八木林之助

日は土用丑の日。夏バテ防止に鰻(うなぎ)を食べる風習かある。いつもの夏なら鰻屋さん大繁盛の日だが、梅雨寒の東京あたりではどうだろうか。作者は、しかるべき店で注文し、料理が運ばれてくるのを待っている。箸袋にか、あるいは店内に飾られている色紙にか、劉寒吉(りゅう・かんきち)の歌が書かれているのだから、店のある場所は九州の鰻の名産地・柳川だろう。天然鰻で昔から有名なのは、利根川産の「下総(しもうさ)くだり」、手賀沼産の「沼くだり」、そして柳川産の「あお」と言われる。もっとも、最近はどこへ行っても、まず天然鰻にお目にかかることはないけれど……。現在の柳川では年間50万匹以上の鰻が食べられるため、河畔に鰻の供養碑が建てられており、その碑に刻まれているのが九州の著名作家・劉寒吉直筆の次の歌だ。「筑後路の旅を思えば水の里や柳川うなぎのことに恋しき」。供養の意味などどこにもない歌だし、なぜ供養のための碑に刻まれたのかは不可解だけれど、とりあえず他に適当な柳川の鰻を詠んだ歌がなかったので、これにしちゃったのだろう。むしろ句にある店のように、鰻の宣伝に使うほうが正しい使い方だ(笑)。こんな歌を読んで待っていると、どんなに美味い料理が出てくるのかと期待に胸が弾む。ちゃんとした店になればなるほど、出てくるまでに時間がかかるので、なおさらに歌の食欲助長効果は抜群と言わざるを得ない。ちょっとわくわくするような気分で待っている感じが、よく出ている。今日も柳川のどこかの店では、こんなふうにして待つ人がいるのだろう。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


July 3072007

 遣り過す土用鰻といふものも

                           石塚友二

日は「土用丑の日」、鰻の受難日である。街を歩いていると、どこからともなく鰻を焼く美味しそうな匂いが漂ってくる。そういえば今日は「土用丑の日」だったと気づかされ、さてどうしようかと一瞬考えたけれど、やっぱり止めておこうと作者は思ったのである。土用鰻の風習をばかばかしいと思っているわけでもなく、べつに鰻が嫌いなわけでもない。できれば「家長われ土用鰻の折提げて」(山崎ひさを)のように折詰にしてもらって買って帰りたいところだが、手元不如意でどうにもならない。その不如意ぶりが「土用鰻『といふもの』」と突き放した言い方によく表われている。止めの「も」では、さらに土用鰻ばかりではなく、他の「もの」も遣り過して暮すしかない事情を問わず語り的に物語らせている。鰻の天然ものがまだ主流だったころの戦後の句だろう。普段でも高価なのに、丑の日ともなればおいそれと庶民の財布でどうにかなる代物ではなかったはずだ。スーパーマーケットなどで、外国の養殖ものが比較的安価で手に入るいまとは大いに違っていた。そんな作者にも、こういう丑の日もあった。掲句を知ってから読むと、なんとなくほっとさせられる。「ひと切れの鰻啖へり土用丑」。『合本・俳句歳時記』(1974・角川書店)所載。(清水哲男)


August 0182012

 鰻屋の二階客なき焼け畳

                           矢野誠一

を扱った落語はいろいろある。「鰻の幇間(たいこ)」は調子のいい幇間が、路上で行きあった旦那(幇間には誰だか思い出せない)に冴えない鰻屋に誘われ、最後はとんでもないことになるという傑作。通された二階の座敷には、直前まで店の婆さんが昼寝していたり、窓にオムツが干してあったり、床の間の掛軸は二宮金次郎の絵、酒盃の絵は日章旗と軍旗のぶっ違いだったり、キツネとタヌキが相撲を取っていたり、お新香は薄切りで肝腎の鰻は硬くて噛み切れない……畳も焼けてしまっているだろう。落語評論家でもある誠一は、そんな「鰻の幇間」をどこかにイメージして詠んだのかもしれない。こぎれいでよく知られた老舗などとは、およそほど遠い風情を物語る「焼け畳」。いや、ともすると絶品の鰻をもてなす隠れた店なのかもしれないし、客も少ないから畳は焼けたまま、それを取り替える気配りもやる気もない店なのかもしれない。今年の「土用の丑の日」は七月二十七日だった。平賀源内か太田南畝が考えた出した風習だ、という伝説がある。先頃、アメリカがワシントン条約により、鰻の国際取引の規制を検討しているというニュースが報じられた。ニッポンやばい! ならばというので、賢いニッポン人が、サンマやアナゴ、豚バラ肉の蒲焼きを「代替品」として売り出し人気を呼んでいるらしい。そんなにしてまで鰻にこだわるかねえ? 誠一の夏の句に「趣味嗜好昼寝の夢も老いにけり」がある。『楽し句も、苦し句もあり、五・七・五』(2011)所載。(八木忠栄)




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