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June 1561997

 父の日をベンチに眠る漢かな

                           中村苑子

月の第三日曜日は父の日。「漢」には「をとこ」と振り仮名がある。ホームレスの男だろうか。あるいは、酔っ払いだろうか。父の日だというのに、ベンチで眠りこけている。家族はないのだろうか。あるとしても、子供らは父のこのような姿は知らないだろう。しかし、作者は「お可哀そうに」と思っているわけではない。あえて「男」と書かずに「好漢」「悪漢」の「漢」を用いているのが、その証拠だ。むしろ、世間のヤワな風習などとは没交渉に生きている姿勢に、男らしさ、男くささを感じている。好感をすら抱いている。(清水哲男)


June 1962005

 悲壮なる父の為にもその日あり

                           相生垣瓜人

語は「父の日」で夏。六月の第三日曜日。母の日に対して「父の日」もあるべきだというアメリカのJ・B・ドット夫人の提唱によって1940年に設けられた。俳句の季語として登場したのは戦後もだいぶ経ってかららしく、1955年(昭和三十年)に発行された角川版の歳時記には載っていない。克明に調べたわけではないが、手元の歳時記で見ると、1974年(昭和四十九年)の角川版には載っているので、一般的になりはじめたのはこのあたりからなのだろう。その解説に曰く。「母の日ほど一般化していないようだが、徐々に普及しつつある」。定着するのかどうか、なんとなく自信のなさそうな書きぶりだ。現在の角川版からは、さすがにこの一行は省かれているけれど、比較的新しい平井照敏の編纂になる河出文庫版(1989年)でも、筆は鈍い。「母も父もともに感謝されてしかるべきだが、父の日は母の日に比べてあまりおこなわれないようである。てれくさいのか、こわいのか、面倒なのか、父はなんとなく孤独な奉仕者である」。したがって掲載されている例句もあまりふるわず、そんななかで、掲句は積極的に「そうだ、父の日があってしかるべきだ」と膝を打っている点で珍しい。現代に見られるように、父親と友だちのようにつきあうなど考えられず、ただただ存在自体がおそろしかった時代の句だ。そんな父親との関係とも言えぬ関係のなかで、一家を背負った父の「悲壮」をきちんと汲み取っていた作者の優しい気持ちが嬉しい。悲壮の中味はわからないが、戦中戦後の困難な時代の父親のありようだろうと、勝手に読んでおく。『合本・俳句歳時記』(1974・角川書店)他に所載。(清水哲男)


June 0762010

 父の日を転ばぬやうに歩きけり

                           長澤寛一

年の「父の日」は六月二十日。まだ先だけど、六月が近づく頃からギフトのコマーシャルがけたたましい。そんな商魂はさておき、この日は「母の日」よりもよほど影が薄いようだ。身体的にも精神的にも、幼いときからの父親との交渉は、母親のほうがより具体的であるからだろう。私にしても、父との交渉が具体的と思えたのは、最近父の身体が弱ってきてからである。父に手を貸すなどという振る舞いは、それまでついぞ無かったことだ。一般的に言っても、父親は母親よりもずっと抽象的な存在だと思う。ところでそのような具合に存在している父親のほうはといえば、掲句にもあるように、当然のことだが、いつだって具体的な感覚を持って生きている。自分が子供にとって抽象的な存在だなどとは毫も考えない。交渉が希薄なことは自覚していても、生身の人間である以上、自分はあくまでも具体的な存在としてあるのだからだ。だから「父の日」にはいっそう、いかにも父親らしく振る舞うことに気を使うわけで、足腰の弱ってきた自覚を具体的に「転ばぬ」ようにしてカバーしようとしたりする。平たく言えば、まだまだ元気なことを具体的なありようで示そうとしているのだ。この句には、そうした父親としての自覚のありようとその哀しみを、若い人から見れば苦笑ものだろうが、的確に詠みきっていると読めた。『未来図歳時記』(2009)所載。(清水哲男)


June 2062010

 父の日の忘れられをり波戻る

                           田川飛旅子

日は父の日、ということでせっかくなので父の日の句です。手元の歳時記で父の日の句を調べてみれば、たしかに何句かはあるものの、すでに清水さんがこの欄で過去に採り上げており、選択肢はおのずと狭まってしまいます。(季語検索で「父の日」を参照してください)父の日に限らず、記念日を詠んだ句には、どうしても句の内容をその日に強引に結び付けようとする心持が働いて、どこか無理があるなと感じるものが多いようです。あるいは、記念日の意味にぴったりと付いたものになって、発想の広がりに制約ができてしまうこともあります。また、その記念日から、誰もが連想するものを素直に読者と確認しあうものもあります。本日の句は、そういった確認句のうちのひとつ。父の日がつい忘れがちになってしまうという、だれもが感じる、母の日との受け止め方の違いを詠んでいます。ただ、最近はデパートやコンビニの宣伝もあって、町のいたるところに「父の日のプレゼントは?」という文字が見られるようになってきたため、本日の句の感慨も、若干違ってきています。とはいうものの、母という文字の重さには、どんな時代になっても到底適いはしないなと、子の父であるわたしも、めずらしくプレゼントされたウイスキーを眺めながらつくづく思うわけです。『合本 俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)


June 1662012

 父の日や日輪かつと海の上

                           本宮哲郎

の日っていうのはさびしいものなんですよ、と自らも父である知人が言った。それは句会の席でのこと、父の日を詠んだ句が、ペーソスが感じられていいですね、と評されたのを聞いて、そういうものなのかなあ、とつぶやいた私に向けられた言葉だ。娘にしてみれば、一緒にビールを飲む楽しみな日だったけどな、と帰宅して歳時記を開いてみると、確かにどこかものさびしい句が並んでいる。そんな中にあった掲出句、この太陽の存在感が、作者自身の中にいつまでも生きている父親そのものなのだろう。しかし、母親を太陽にたとえる時は、その明るさがみんなをあたたかく照らす、というイメージだが、かっと海の上にあるこの太陽は、強く輝くほどなんとなく孤独だ。父もものさびしかったのか、知るよしもないが、父を亡くした娘にはさびしい、明日は父の日。『俳句歳時記 第四版 夏』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


June 1662016

 父の日の父と鯰の日の鯰

                           芳野ヒロユキ

近にいてその存在すら日頃意識しない父への感謝の日。戦前の日本では親は今よりも権力を持っていたので父親は尊敬するのが当たり前そんな日は無用だったろう。戦後アメリカから日本に導入されたらしいが、定着は遅かったようだ。母親は子供に密着して嫌でも存在感があるが朝早く帰って来て夜遅く帰ってくる父親はテレビの前でゴロゴロしている姿しか思い浮かばない。沼の底深くじっと姿を消している鯰が「ナマズの日」なんて作られて沼の底から引っ張り出されてプレゼントを渡されても困惑するように父の日の父だって困っちゃうのだ。「お父さんありがとう」って言われてもなあ、、『ペンギンと桜』(2016)所収。(三宅やよい)




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