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June 1461997

 形骸の旧三高を茂らしめ

                           平畑静塔

後の学制改革で、旧制高校はそれぞれ新制大学へと昇格(?)した。三高は京都大学吉田分校(教養部)となり、ひところは宇治分校で一年を過ごした二回生を受け入れる施設となっていた。私が在籍したとき(1959)にも感じたことだが、なんとも中途半端な存在で、学舎的魅力には乏しかった。ましてや静塔のように三高に学び、そこで俳句をはじめた人にとっては、自然に「形骸」という言葉が口をついて出てきても不思議ではない。作者の青春のときと同じように草木は茂っていても、形骸化してしまった三高の姿は見るにしのびないのだ。勢いよく茂るのであれば、もっともっと茂るにまかせよ。そんな心境だろうか。1954年の作品。『旅鶴』所収。(清水哲男)


July 1171999

 草茂る産湯浴びしはこの辺り

                           佐伯志保

ういう句は、頭の中では作れない。実際に、その場に立ってはじめて浮かぶ発想だ。作者は「故郷の廃家」ならぬ、もはや跡形もない生家の地に立っている。草の茂るにまかせた無惨な荒れ地だ。しかし、生家の見取り図はちゃんと覚えている。ここが居間、ここらへんが台所などと懐しんでいるうちに、親からよく聞かされていた産湯の場所も見当がついた。この瞬間に、作者の心は故郷としっかり結びついたに違いない。この地、この家に住んだ者でなければわからぬ、かけがえのない感動を得ただろう。似たような体験が私にもあって、似たような感動を味わったことがある。十数年ぶりに、故郷を訪れたときのことだ。生家ではないけれど、後に移り住んだ家は既に畠になっており、畦道に腰を下ろして懐しがっているうちに、何とも言いようのない思いが自然にこみあげてきたのだった。その夜、土地の知り合いに、私たちが出ていった後の家の様子を聞いてみた。「しばらくはそのまま立っていたけれど、ある日、朽ち木が倒れるように倒れていくのを見た」と、彼は言った。(清水哲男)


July 2271999

 草茂みベースボールの道白し

                           正岡子規

岡子規の野球好きは、つとに有名だ。写真館で撮影したユニフォーム姿が残っているくらいだから、熱の入れようは尋常ではなかったらしい。明治19年(1886)の大学予備門(後の第一高等中学校)の寄宿舎報に「赤組は正岡常規氏と岩岡保作氏と交互にピッチとキャッチになられ」とあるのが、子規の野球熱を伝える最初の記事である。もっとも、百年以上も前の時代には「野球」という言葉はなかった。子規の文章を読むと「弄球」などと出てきて、はてなと思わされたりする。十代の終わり頃から二十代のはじめにかけて熱中した「弄球」も、突然の喀血によって終わりを告げる。句は、病床にあった子規が、幻のように野球熱中時代を回想したものだ。「草茂み」で、季節は夏。「道白し」は私が幻と言う所以で、白い球やユニフォームや、あるいは石灰で引いた(かもしれぬ)白いラインのことなどを、このように表現したのだろうと読める。病臥苦闘のなかにしてペースボールを思う気持ちは、そのまま子規の絶望の深さにつながっている。炎暑の床で白い幻を見た人の生涯は、まことに短かった。『寒山落木』所収。(清水哲男)


May 3052005

 灯ともせば雨音渡る茂りかな

                           角川源義

語は「茂り」で夏。樹木の茂った状態を言う。草の茂ったのは、「草茂る」と別の題がある。詠まれているのは地味な情景だが、技巧的にはむしろ華麗と言うべきか。表は本降りの雨だ。暗くなってきたので部屋の明かりをつけると、窓越しに雨の降る様子が見えた。灯を受けた一角にある茂った樹々に、激しく降り掛かっている。雨脚の動く様子も、かすかながらうかがえる。と、実際に見えるのはこのあたりまでだろうが、この情景に「雨音渡る」と聴覚的な描写を加えたところが非凡だ。よく考えてみれば、茂りを渡っていく雨音は、べつに明かりなどはなくても聞こえていたはずである。でも、そこが人間の五官の面白いところで、句の言うように、これは灯をともしてはじめて認識できる音だったのだ。つまり、明かりのなかに雨を見たことによって聴覚が刺激され、明かりの届かない暗い茂みのほうへと雨音が渡ってゆくのに気がついたというわけである。視覚が、聴覚をいわば支援した格好だ。パラフレーズすればこういうことだが、句の字面からすれば、灯をともしたら音が聞こえたと直裁である。そこで一瞬「えっ」と読者は立ち止まり、すぐに「はた」と膝を打つ。夏の夜の男性的な雨の風情を、わずかな明かりを媒介にして、きっちりと捉えてみせた佳句である。樹々を渡る雨音が、しばらく耳について離れない。『俳句歳時記・夏の部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)


August 3082013

 玄関のただ開いてゐる茂かな

                           波多野爽波

でもない光景のようだが、中七の「ただ開いてゐる」に注意。「開いてをりたる」ならば、単なる情景描写だが、「ただ開いてゐる」と表現すると、通常の空間は、異次元の空間に変化する。玄関の外には、虚無感ただよう生々しい茂りが広がっているのだ。何気ない日常から切り取られた風景は、作者の心の中で、不気味さを増している。『骰子』(1986)所収。(中岡毅雄)


August 1582014

 鳥が鳥追い払ひたる茂りかな

                           望月 周

語は「茂り」で夏。小鳥来る秋の前である。小鳥達にとって子育ての最中だろうか縄張りの茂りを必死で防衛中である。縄張りといえば鳥に限らず魚の鮎なども知られている。植物も群生という事があるからひょっとすると生きるものは多かれ少なかれ縄張りを持つのかも知れない。縄張りはそれを守る戦いによって実現している。生物である人間もまた国家という縄張りを持つ。平和を祈りつつも地球上に縄張りを守る紛争が絶えた試しはない。何か哀しい気もするが人はこうした哀しい性からは免れられないのだろう。それでもこの水の惑星に愛しい命を輝かせている。今日は終戦記念日。俳誌「百鳥」(2013年10月号)所載。(藤嶋 務)




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