1997N63句(前日までの二句を含む)

June 0361997

 学成らずもんじゃ焼いてる梅雨の路地

                           小沢信男

書きに「月島西仲通り」とあり、東京下町の風景であることがわかる。この句と「もんじゃ焼き」については種村季弘の『好物漫遊記』(ちくま文庫)中に「月島もんじゃ考」の項があるので御覧を乞う。小沢さんは何言おう。評者達詩人の俳句会「余白句会」の師匠である。従って弟子としては梅雨がくる度にこの句を宣伝したい。人口に膾炙する迄「もんじゃの小沢」を宣伝しまくりますぞ。この句、小沢さんによれば「学のあるひとばっかりが誉めるんだよねえ……」。それはそうでしょう。小年老イ易ク 学成リ難シ 一寸ノ光陰 軽ンズベカラズ。『東京百景』(89年・河出書房新社)所収。(井川博年)


June 0261997

 幼な顔残りて耳順更衣

                           本田豊子

順(じじゅん)は、六十歳の異称。「論語」による。四十歳の「不惑」はよく知られているが、どういうわけか「耳順」は人気がない。「人の話がちゃんとわかる」年令という意味だけれど、この受け身的な発想が好まれないのかもしれない。それはともかく、この句は巧みだ。人が、新しい気持ちで衣服を身につけたときの、一瞬の表情を見逃さずに作品化している。六十歳の初々しさをとらえて、見事な人間賛歌となった。実に鋭い。そして暖かい。(清水哲男)


June 0161997

 六月の氷菓一盞の別れかな

                           中村草田男

菓(ひょうか)にもいろいろあるが、この場合はアイスクリーム。あわただしい別れなのだろう。普通であれば酒でも飲んで別れたいところだが、その時間もない。そこで氷菓「一盞(いっさん)」の別れとなった。「盞」は「さかずき」。男同士がアイスクリームを舐めている図なんぞは滑稽だろうが、当人同士は至極真剣。「盞」に重きを置いているからであり、盛夏ではない「六月の氷菓」というところに、いささかの洒落れっ気を楽しんでいるからでもある。「いっさん」という凛とした発音もいい。男同士の別れは、かくありたいものだ。実現させたことはないけれど、一度は真似をしてみたい。そう思いながら、軽く三十年ほどが経過してしまった。(清水哲男)




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