19970602句(前日までの二句を含む)

June 0261997

 幼な顔残りて耳順更衣

                           本田豊子

順(じじゅん)は、六十歳の異称。「論語」による。四十歳の「不惑」はよく知られているが、どういうわけか「耳順」は人気がない。「人の話がちゃんとわかる」年令という意味だけれど、この受け身的な発想が好まれないのかもしれない。それはともかく、この句は巧みだ。人が、新しい気持ちで衣服を身につけたときの、一瞬の表情を見逃さずに作品化している。六十歳の初々しさをとらえて、見事な人間賛歌となった。実に鋭い。そして暖かい。(清水哲男)


June 0161997

 六月の氷菓一盞の別れかな

                           中村草田男

菓(ひょうか)にもいろいろあるが、この場合はアイスクリーム。あわただしい別れなのだろう。普通であれば酒でも飲んで別れたいところだが、その時間もない。そこで氷菓「一盞(いっさん)」の別れとなった。「盞」は「さかずき」。男同士がアイスクリームを舐めている図なんぞは滑稽だろうが、当人同士は至極真剣。「盞」に重きを置いているからであり、盛夏ではない「六月の氷菓」というところに、いささかの洒落れっ気を楽しんでいるからでもある。「いっさん」という凛とした発音もいい。男同士の別れは、かくありたいものだ。実現させたことはないけれど、一度は真似をしてみたい。そう思いながら、軽く三十年ほどが経過してしまった。(清水哲男)


May 3151997

 鮒鮓や彦根の城に雲かかる

                           与謝蕪村

版の角川歳時記でこの句を知ったとき、まだ鮒鮓(ふなずし)を知らなかった。いかにも美味そうであり、品のある味がしそうだ。憧れた。城に似合う食べ物なんぞ、めったにあるものじゃない。とりあえず彦根東高校出身の友人に「うまいだろうなあ」と尋ねたら、「オレは嫌いだね」とニベもなかった。なんという無風流者……。そう思ったが、後に食べてみて大いに納得。私の舌には品格も何もあったものではなくて、あの臭いには閉口させられた。もともと寿司は魚の保存法の一種として開発された食物だから、鮒鮓のあり方は正しいのだ。と、頭ではわかっているけれど、いまだに駄目である。たぶん納豆嫌いの人の心理に共通したところがあるのだろう。でも、句は素敵だ。単なる叙景句を越えている。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます