1997年5月27日の句(前日までの二句を含む)

May 2751997

 砂糖水飲む文弱の一守衛

                           小池一覚

ういえば、最近は「文弱(ぶんじゃく)」という言葉を聞かなくなった。詩や小説を書くことなどにかまけていて、世間的には弱々しいことをいう。意味は違うが「青白きインテリ」という言葉も、ひところ流行した。聞かないというと「砂糖水」も同様である。「知ってるかい」と尋ねたら「ソレって何ですか」と、若い人に言われてしまった。ただ砂糖を冷水に溶かしただけの飲み物だ。そして「守衛」もいまや「ガードマン」なのだから、作者せっかくの韜晦も、そろそろ通じなくなってくるだろう。雑誌「すばる」(97年6月号)に、中村真一郎が書いていた。「小生の年間所得、昨年は遂に五百万円を割る。文学出版の不況が、こちらに皺寄せの結果と、小生が時代からの遊離のため」。こちらのほうが、よく通じる。(清水哲男)


May 2651997

 冷酒や蟹はなけれど烏賊裂かん

                           角川源義

まは宴席などでも冷酒を飲む人は多いが、昔は燗をつけて飲むのが一般的だった。したがって、冷酒は応急的(?)宴会で飲まれたものだ。とりあえずの酒だった。急に飲もうと話が決まり、燗をつけるなどまだるっこしいことはやっていられない雰囲気。これで肴に蟹でもあれば最高だなァと誰かが言い、べらぼうめェ、蟹だって烏賊(いか)だってアシの数では同じようなものじゃないかと乱暴な論理をふりかざして、作者はスルメを裂いている。これから「さあ、飲むぞ」という酒飲み連中の昂揚感をよく伝えている句だ。それこそ「蟹はなけれど」、赤い蟹の姿まで見えてきそうな気がするところも面白い。(清水哲男)


May 2551997

 ひと日臥し卯の花腐し美しや

                           橋本多佳子

暦の四月は「卯の花月」。昔の人は、この頃に咲く卯の花を腐らせるような霖雨のことを「卯の花腐し(うのはなくたし)」と呼んだ。健康な人にとってはまことに陰欝な雨でやりきれないが、病者にはむしろみずみずしい生気とうつる。臥(ふ)している作者は、降りつづく雨の庭を飽かず眺めながら、心に染みいるような美しさを味わっている。心なしか体調もよくなってきた感じ……。妙なことを言うようだが、長患いは別として、人間たまには寝込むことでストレスの解消になる。煩瑣な日常生活と、否応なく切り離されてしまうからだろう。(清水哲男)




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