蟄」隱槭′阮證代ョ句

May 1151997

 自転車のベル小ざかしき路地薄暑

                           永井龍男

い路地を歩いていると、不意に後ろから自転車のベルの音がする。「狭い道なんだから、降りて歩けよ」とばかりに、作者は自転車に道をゆずるようなゆずらないような足取りだ。暑さが兆してきたせいもあって、いささかムッとした気分。下町俳句とでも言うべきか。いかにも短編小説の名手らしい作品である。晩年、鎌倉のお宅に一度だけ、放送の仕事でうかがったことがある。仕事机の代わりの置炬燵の上には、マイクが置けないほどの本の山。雪崩れている本の隙間から校正刷とおぼしき紙片が見え、はしっこに「中村汀女」という活字が見えたことを覚えている。(清水哲男)


May 1151999

 笋の皮の流るる薄暑かな

                           芥川龍之介

(たかんな)は筍(たけのこ)。「たかんな」なんて漢字がワープロに仕込まれているはずはないと思いつつ、試しに打ってみたら一発で出てきた。びっくりした。俳人以外の誰が、いまどき「たかんな」の漢字を必要とするのだろう。よほどの「筍」好きが作ったワープロ辞書なのだろうか。どうもワープロ・ソフト製作者の意図には不分明なところがある。……と書いて、アップして約9時間後、読んでくださった坂入啓子さんから「たかんな」の漢字が間違っているのではとの指摘があった。あわててよくよく見たら、たしかに大間違い。一発で出てきたのは、「笋」ならぬ「箏」という字だった。辞書の間違いであると同時に、気がつかなかった私の失策でした。ごめんなさい。ちなみに使用辞書はEDWORD6.0版。というわけで、以下が昨日と同じ本文となります。……句意は簡単明瞭。笋の皮が小川を流れていく様子が、ちょうど少し汗ばむような陽気にマッチしたというのである。筍は成長につれて皮を脱ぐが、それが流れてきたというのではなく、誰かが上流で食べるために剥がした皮が流れてきたと解すべきだろう。夏めいてきた気分が、見えない上流の人の食事の用意によって、鮮やかにとらえられている。昔の川は、文字通りの生活用水でもあったので、このような情感も流れてきたというわけだ。川を意識するということは、単に眼前のそれを意識することではなかった。見えない上流も下流も、自然に同時に意識したということで、この句は、読者にもそのような昔の生活者の目がないと、理解はできない。現代の川は、この意味では、もはや川ではありえないと言うこともできそうだ。『我鬼全句』所収。(清水哲男)


June 0361999

 はたらいてもう昼が来て薄暑かな

                           能村登四郎

ほど体調がよいのだろう。仕事に集中できているから、あっという間に時間が経ってしまう。ふと空腹を覚えて時計を見ると、もう昼時である。表の陽光には、既に夏に近いまぶしさが感じられる。心身ともに心地好い充実感で満たされた一句だ。しかし同日の同じ職場にも、一方では「まだ昼か」と、時間の経過を遅く感じている人もいただろう。人それぞれの時間感覚は、それこそそれぞれに違っていて面白い。たとえば、妙に就寝時刻にこだわる人もいる。日付が同じ日のうちに床につくと、何だかとても損をしたような気になる人は結構多い。たとえ5分でも10分でも明日まで起きていないと、気がすまないのである。でも、他人のことは笑えない。私の場合は、表の明るさにこだわる性質(たち)だからだ。表が明るくなっても寝ているのは、とても損な気がしてならない。だから、夏場になると、どんどん早起きになる。昼寝も、なるべくしないようにする。理由は考えたこともないのだけれど、ひょっとすると代々受け継いできた農民の血のせいなのかもしれぬ。と、時々そう思ったりする。『人間頌歌』(ふらんす堂文庫・1990)所収。(清水哲男)


June 0561999

 ジーンズに腰骨入るる薄暑かな

                           恩田侑布子

手いなア。洗いたてか、新調か。ごわごわしたジーンズを穿くときには、たしかにこんな感じになる。ウエスト・ボタンをかけるときの、あのキュッと腰骨を締め上げる感覚が、これから夏めいてきた戸外に出ていく気分とよくマッチしていて、軽快な句に仕上がっている。極めて良質な青春句だ。ジーンズといえば、私は一年中ジーンズで通している。親しかった人の葬儀にも、ジーンズで出かける。これだと、黒づくめの集団に埋没することなく、故人がすぐに私を識別できると思うからだ。変わっていると言われるけれど、急に真っ黒なカラスに変態する人のほうが、よほど変わっている。こんな具合で、室内着兼外出着兼礼服兼……と、三十代からずっとそうしてきた。会社勤めのころには、いっぱしにスーツやネクタイに凝ったこともあったけれど、一度ジーンズの魅力に取りつかれてしまうと、ネクタイ趣味など金がかかるだけで愚劣に思えてくるのだった。作者の場合のジーンズは気分転換のためだが、私の場合は、気分の平衡感覚を崩さないためである。スヌーピーの漫画に出てくる「ライナスの毛布」のようなものかもしれない。ということは、精神的に幼いのかなア。(清水哲男)


June 0562005

 薄暑の旅の酒まづし飯まづし

                           田中裕明

語は「薄暑」で夏。初夏の候の少し暑さを覚えるくらいになった気候のこと。昨日、昨年末に他界した作者の主宰していた「ゆう」の終刊号(2005年4月20日発行の奥付・通巻64号)が届いた。ほとんどのページが、田中裕明と同人たちの句で構成された特集「ゆう歳時記」にあてられている。結社の合同句集は珍しくないけれど、季節や季語ごとに句が分類整理された集成は珍しい。それだけ手間ひまを要するからだろうが、一読者にしてみると、やはり歳時記形式のほうが何かと便利でありがたい。主宰者をはじめとする諸氏の句柄の特長もよくわかるので、「ゆう」が「ゆう」たる所以もよく呑み込めたような気がする。掲句は、同誌より。一読、長く闘病生活をつづけていた詩人・黒田喜夫が言っていたのを思い出した。「病人には、中途半端な気候がいちばんコタえる。むしろ寒いなら寒い、暑いなら暑いほうが調子が良いんです」。このときの作者も体調がすぐれずに、同じような不快感を覚えていたのではあるまいか。だとすれば、気分の乗らない「旅」であり、酒も飯も美味かろうはずはない。「まづし」「まづし」の二度の断定に、どうにもならない体調不良がくっきりと刻されていていたましい。世の薄暑の句には夏間近の期待を込めたものが多いなかで、これはまたなんという鬱陶しさだろう。先日の風邪からまだ完全には立ち直れないでいる私には、身につまされるような一句であった。このところの東京地方も、なにやらはっきりしない中途半端な気候がつづいていて不快である。(清水哲男)


April 2942006

 個展より個展へ銀座裏薄暑

                           鷹羽狩行

語は「薄暑(はくしょ)」で夏。初夏の候の少し暑さを感じるくらいになった気候を言うが、四月中旬ごろから「薄暑」を覚えることは多い。銀座は画廊の多い街だ。一丁目から八丁目まで、おそらく二百廊以上はあるのではなかろうか。とくに銀座裏の通りの一画には、軒並みにひしめいていると言っても過言ではない。そんなにあるのに、よく商売になるなと感心させられてしまうが、それほどに銀座は昔から、裕福な好事家や趣味人が集まる土地だったというわけだ。私のサラリーマン第一歩は芸術専門誌の編集者だったので、銀座にはよく通った。掲句のように「個展から個展へ」とネタ探しに歩き回り、若かったにもかかわらず、あまりの画廊の多さに辟易したことを覚えている。句の作者は、むろんネタ探しなどではなく、楽しんで見て回っているのだ。ひんやりとした画廊を出て、また次の画廊へと向かう。とりわけてこれからの季節は、この間の「薄暑」がとても嬉しく感じられる。おあつらえ向きに「銀座の柳」の新緑でも目に入れば、気分はますます良くなってくる。「画廊から画廊へ」と詠み出した軽快なテンポが、作者の上機嫌を見事に描き出していて心地よい。私だったら、しばらく見て回った後は、天井の高い「ライオン」の本店で生ビールといきたいところだけれど、このときの作者はどうしたのだろう。ああ、久しぶりに銀座に出かけたくなってきた。『地名別鷹羽狩行句集』(2006)所収。(清水哲男)


May 1852006

 背を流す人を笑いて母薄暑

                           大菅興子

語は「薄暑(はくしょ)」で夏。句集から察するに、作者のご母堂はいわゆる「認知症」の方のようだ。介護の「人」に、入浴させてもらっている。でもその「母」は、何が可笑しいのか、その「人」のことを笑っているのだ。この笑いは、もしかすると「嗤い」に近い無遠慮な「笑い」なのかもしれない。このような事情と状況からして、夜ではなく、まだ明るい時間の入浴だろう。表は汗ばむような陽気で、ときおり緑の風も心地良く吹いている。これで母が何事もなく健康でいてくれさえしたら、もうそれ以上望むことなどは何もないのに……。作者のやり場のない思いが、哀感とともにじわりと伝わってくる。作者をよく知る鈴木明(「野の会」主宰)が掲句について、句集の序文で次のように書いており、この解説にも感銘を受けた。「この利己的ともいえる母を作者は許している。母の老いを切なく許すのだ。しかもけっして人には言えぬこと。しかし俳句という定型詩がその彼女を解放する。老いた母親同様に自由の精神を彼女にふるまう。ここで思っていても言えなかったことを俳句で言えたのだ。そのことで、いままで見えなかった精神世界がひらかれたと、私は思う。興子俳句はこうして前進する。真に、文芸のめざす視野がひらけてくる」。俳句ならではの表現領域が確かにあることを、この文章で再確認させられたことであった。『母』(2006)所収。(清水哲男)


June 0662007

 噺家の扇づかひも薄暑かな

                           宇野信夫

座での噺家の小道具は扇子一本・手拭一本のみである。いわば武士にとっての刀のようなもの。(昔はってえと、噺家は「扇子一本・舌三寸の稼業」とよく言われましたな。)楽屋の符牒で扇子のことを「かぜ」と呼び、手拭のことを「まんだら」と称する。本来は暑いから扇子を使うわけだが、高座での機能は少々ちがっていて、それだけにとどまらない。暑さ寒さにかかわらず、いや真冬でも高座で扇子をバタバタ開いては閉じる癖のある噺家がいた(三笑亭夢楽)。噺のリズムをとっていたように思われるが、近年の高座ではそういう姿を見かけなくなった。もっとも、クーラーがよくきいているんだもの。小道具としての扇子は煙管、徳利、盃、手紙、刀、杖、鋏、櫓・・・・さまざまなものを表現する。手拭も同様である。風を起こすにせよ、噺のなかの小道具として使われるにせよ、さすがに初夏の高座での扇子の使われ方には、いつもとは微妙にちがった風情が感じられるし、さて、演し物は・・・という期待も新たにわく。そんな客席からの気持ちが扇子一本にこめられた一句である。初夏ともなれば、噺家の着物も絽や紗などに替わり、寄席の掛軸も夏にふさわしいものに替えられる。もちろん噺のほうも夏らしい「青菜」「百川」「あくび指南」、怪談噺・・・・きりがない。高座で使われる扇子は通常私たちが使うものよりも小ぶりで骨も少ない。古今亭志ん朝は純白な扇面よりも、多少くすんだ色のものをと神経をつかっていた。そのほうが高座に馴染む。落語にも造詣の深かった演出家らしい洒脱な句である。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


May 2252008

 魚屋に脚立などあり夕薄暑

                           小倉喜郎

や汗ばむ日中の暑さも遠のき、涼しさが予感できる初夏の夕暮れは気持ちがいい時間帯だ。一日の仕事を終え、伸びやかな気分で商店街をぶらぶら歩く作者の目にぬっと置かれた脚立が飛び込んでくる。その違和感が作者の足を止めさせる。と、同時に読者も立ち止まる。「どうして魚屋に脚立があるのだろう。」ただ、はっとさせるだけでは謎解きが終ったあと俳句の味が失せてしまうが、置かれている脚立にさして深い意味はないだろう。それでいてやけに気になるところがこの句の魅力だろう。その魅力を説明するのは難しいが、脚立から魚屋の様子を思い浮かべてみると、水でさっぱりと洗い流されたタイル張りの床や濡れた盤台が現れてくる。そこに立ち働いていたおじさんが消えて脚立が店番をしているようにも思えておかしい。ある一点にピントを絞った写真が前後の時間やまわりの光景を想像させるのと同様の働きをこの脚立が持っているのだろう。「アロハシャツ着てテレビ捨てにゆく」「自販機の運ばれている桐の花」などあくまでドライに物を描いているようで、「え、なぜ」という問いが読み手の想像力をかきたててくれる楽しさを持っている。『急がねば』(2004)所収。(三宅やよい)


May 0852011

 人々に四つ角ひろき薄暑かな

                           中村草田男

の句にどうして惹かれるかと言うと、つまるところ「ひろき」の一語なのかなと思います。うつむいて歩いていて、ふと目をあげた先に、思いもよらぬ広い交差点があった。それだけのことでも、ああ生きているなと感動できるわけです。そういえば勤め人をしているときには、電車に乗ることは、会社のある渋谷駅に向かうことでした。さて定年になり、もう会社に行かなくてもいいんだと思ったある日、駅のホームで電車を見たときに、身の震えるような「ひろさ」を感じました。逆方向にも電車は走っていて、乗りたいと思えば乗ってもかまわないのだと思ったのです。生きる喜びって、そんなに複雑なものではないのだなと、あらためて実感しました。鬱屈した日々の街角でも、ちょっと曲がった先には広々とした四つ角が待っているのだと、信じて生きてゆきたいと、思っているのです。『角川俳句大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


May 2652012

 身勝手の叔母と薄暑の坂下る

                           塚原麦生

暑や残暑は、やれやれという暑さだけれど、薄暑は、うっすら汗ばむこともあるくらいの初夏の暑さなので、その時の心情によって感じ方が違うのかもしれない。掲出句、身勝手という一語に、困ったもんだなあ、という小さいため息が聞こえてきて、ちょっとうっとおしい汗をかいているのかもと思ったが、ふと友人の叔母上の話を思い出した。彼女と友人の母上は、芸術家肌で自由奔放な妹ときっちりと真面目な姉、という物語になりそうな姉妹。友人が子供の頃、叔母上は近所の腕白坊主の集団の先頭に立ってガキ大将のようだったという。仕事も恋も浮き沈み激しく、家族や親戚にとってはいささか悩みの種だったというが、友人は彼女が大好きで、長い一人暮らしの間も一人暮らしができなくなってからも近くで過ごし、最期を看取った。母親ほど絶対的でない叔母、親子とも他人とも違う距離感の叔母と甥。身勝手な、ではなく、身勝手の、だから少し切れて、この叔母上も愛されているのだろう。そう思うと、心地よい薄暑の風が吹いてくるようだ。「図説大歳時記・夏」(1964・角川書店)所載。(今井肖子)


May 1552013

 バスはるかゆらめいてみゆ薄暑かな

                           白石冬美

うした光景は一目瞭然であろう。いよいよ暑くなってきた時季、はるかかなたからよろよろと近づいてくる、待ちかねたバスが陽炎のようにゆらめいて見えてきた。♪田舎のバスはおんぼろ車/タイヤは泥だらけ窓は閉まらない……という、のどかな歌がかつてあったけれど、この場合、田舎のバスに限定することはない。にじむ汗を拭いながら、遠くからようやく姿を見せてやってきたバスに、ホッとしているのだろう。それにしても、見えているのにゆらめいているから、スピードはじっさい遅く感じられる。「はるかゆらめいてみゆ」の平仮名表記が、陽炎のように見えるバスのさまを表わしているところが憎い。汗だくの炎暑の真夏ではなくて、まだ「薄暑」の頃だから、掲句はきれいにおさまっている。この季語の使い方について、金子兜太は「とぼけて、はぐらかして、横からそっと差し出したような季語」と評している。他に「鬼灯を鳴らせば紅(べに)のころがりぬ」がある。俳号は茶子。猫の句を集めた句集『猫のしっぽ』がある。「俳句αあるふぁ」(1994年7月号)所載。(八木忠栄)


May 2752014

 抱く犬の鼓動の早き薄暑かな

                           井上じろ

夏の日差しのなかで、愛犬と一緒に駆け回る楽しく健康的なひととき。本能を取り戻した犬の鼻はつやつやと緑の香りを嗅ぎわけるように得意げにうごめき、心から嬉しそうに疾走する。それでもひとたび飼い主が呼び掛ければまっしぐらに戻ってくる。ひたむきな愛情表現を真正面から受け止めるように抱き上げてみれば、薄着になった身体に犬の鼓動がはっきりと伝わってきたのだ。それが一途に駆けてきたことと、飼い主と存分に遊べることの喜びで高鳴っているためだと理解しつつ、思いのほか早く打つ鼓動が、楽しいだけの気分に一点の影を落とす。一生に打つ鼓動はどの動物でも同じ……。この従順な愛すべき家族が意外な早さで大人になってしまう事実に抱きしめる腕に力がこもる。〈たわわなる枇杷ごと家の売り出さる〉〈単身の窓に馴染みの守宮かな〉『東京松山』(2012)所収。(土肥あき子)


May 1752015

 箸置きを据ゑて箸置く薄暑かな

                           岩淵喜代子

の美学です。主は、箸置きと箸を膳という平面に据え置いて、会食の起点を設置しています。それは、客のお手元です。今のところ他には何もない。料理はまだ運ばれていません。何もない空間だからこそ、料理はつぎつぎに運ばれる余地があり、客も主も箸を使い箸を置き、自由にふるまえます。演出家のピーター・ブルックに『何もない空間』という著作があります。舞台上で俳優が演技の自由を獲得するためには、大道具・小道具・舞台美術を最小限にすべきだという演出論です。たしかに、彼の舞台でよく使われる小道具は一本の長い棒で、それは時に空間の仕切りとなり、時に槍になります。一本の棒があれば、俳優と観客との想像力によって舞台空間は可動的になります。むしろ、豪奢な大道具はそれが足かせとなって、舞台を固定的にすることがあり、ピーター・ブルックは、著書の中でそれに警鐘を鳴らしています。そんなことを思い返しながら掲句を読むと、一膳の箸は、一本の棒のごとくシンプルゆえに自在です。挟み、運び、切り、刺す。客と主の所作には、もてなされもてなす遊びの心がありましょう。その舞台が膳であり、箸は巧みに動きつくして箸置きに置かれます。さあ、紗袷せに身を包んだ粋客がいらっしゃいました。やや汗ばんだ肌を扇子であおぎながら、正座して膳につきました。『白雁』(2012)所収。(小笠原高志)


June 0962015

 踏石の歩巾に合はぬ夕薄暑

                           松島あきら

などに一定の間隔で置かれた踏み石は基本的には歩幅に合わせて計算されているようだが、石の大きさが歩幅に加味されていない場合もあり、テンポ良く歩くのはなかなか難しい。小さく小刻みに渡ればいいのだが、なんだか踏み石に歩幅が制限されているようで面白くない。二つ三つ歩くうちに、タイミングをつかんでも、そのうちまたズレてくる。薄暑とはうっすら汗ばむ陽気という比較的新しい気分を表す季語である。これを心地よいと捉えるか、わずかに憂鬱と捉えるかは個人差によるところが大きい。そのあたりも含め、言葉にするほどでもなく発生する現代人のささやかないらだちに見事に一致するように思われる。『殻いろいろ』(2015)所収。(土肥あき子)


August 2682015

 秋刀魚焼く夕べの路地となりにけり

                           宇野信夫

ともなれば、なんと言っても秋刀魚である。七輪を屋外に持ち出して、家ごとに秋刀魚をボーボー焼くなどという下町の路地の夕景は、遠いものがたりとなってしまった。だいいち秋刀魚は干物などで年中食卓にあがるし、台所のガスレンジで焼きあげられてしまう。佐藤春夫の「秋刀魚の歌」も遠くなりにけりである。とは言え、秋になって店頭にぴんぴんならんで光る新秋刀魚は格別である。「今年は秋刀魚が豊漁」とか「不漁で高い」とか、毎年秋口のニュースとして報道される。何十年か前、秋刀魚が極端に不漁で、塩竈の友人を訪ねたおりに、気仙沼港まで脚をのばした。本場の秋刀魚も、がっかりするほどしょぼかった。しょぼい秋刀魚にやっとたどり着いて食した、という苦い思い出が忘れられない。まさしく「さんま苦いか塩っぱいか」であった。かつての路地は住人たちの生活の場として機能していた。今や生活も人も文化も、みな屋内に隠蔽されて、あの時の秋刀魚と同様に、しょぼいものになりさがってしまった。信夫には「噺家の扇づかひも薄暑かな」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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