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May 1051997

 葱坊主どこをふり向きても故郷

                           寺山修司

坊主(葱の花)を見て、ロック歌手の白井貴子が「わあ、かわいい」と、昼のNHKテレビで言っていた。途端に私は「ああ、そう言われてみればかわいいな」と、はじめて思った。中学生のころの私には、なんだかとても寂しげな姿に見えていた。それこそ同じ坊主頭だったから、どこかで親近感を覚えていたのかもしれない。どうひいき目に見ても、ちっとも立派じゃないその姿が、このまま田舎で朽ち果てる自分の運命を暗示しているようにも見えたのである。とにかく、わけもわからずに大都会に出ることだけを夢見ていた少年の句だ。こう言っても、あの世の寺山修司は苦笑してうなずいてくれるだろう。『われに五月を』所収。(清水哲男)


July 1972011

 蝉しぐれ丹念に選る子安石

                           苑 実耶

州の宇美八幡宮は「宇美=産み」ということで安産の神社で、境内には囲いのなかに氏名を記した手のひらほどの子安石が積まれている。立て札には「安産をお祈りの方はこの石を預かりて帰り、目出度くご出産の後、別の石にお子様の住所、氏名、生年月日をお書きのうえ、前の石と共にお納めくださって成長をお祈りされる習慣となっております」と書かれ、参拝者が自由に持ち帰ることができる。個人情報重視の昨今の時勢からすれば、まったく言語道断ともいえるものかもしれないが、無事生まれてきた赤ちゃんが、これから生まれてくるお腹の赤ちゃんを見守り、引率してくれるという赤ちゃん同士のネットワークのような考え方に感嘆する。また全国の安産祈願のなかには、短くなったロウソクを分けるという習慣もあることを聞いた。火が灯る短い間にお産が済むようにという願いからだという。このような全国に分布するさまざまな安産をめぐる習わしには、出産が生死を分かつ大仕事という背景がある。何十何百の怒鳴りつけるような蝉の鳴き声がこの世の象徴のようでもあり、灼熱の太陽に灼かれた石のより良さそうなものを選る人間らしい健気な仕草を笑う天の声のようにも思える。〈ひとなでの赤子の髪を洗ひけり〉〈泣けば済むさうはいかない葱坊主〉『大河』(2011)所収。(土肥あき子)


April 2142013

 孫と居て口数多し葱坊主

                           春藤セイコ

しぶりに、帰省した孫に会いました。うれしい気持ちで、おのずと口が動きます。葱坊主は晩春の季語です。てっぺんに白い小さな無数の花が集まって、球状に見えるかわいらしい姿に、孫を重ねているのかもしれません。句集では、掲句の前に「茶を啜るジーパンの膝に桜餅」があり、祖母は孫に東京の学生生活のことなどを尋ね、孫は桜餅を食べ茶をすすりながらこたえている、そんなゆったりした時間が流れています。作者は、明治四十年に徳島で生まれ、同県小松島で活躍した俳人。孫を詠んだ句はほかに「帰省の子万年床に陽は高し」。祖母の目から見る孫は、いつまでも葱坊主であり、それでいてジーパンをはく現代青年であり、祖母は、お天道様のように万年床に惰眠を貪る姿を見守る存在です。なお句集には、「亡き夫の五十回忌や吾が遅日」「懐手父懐かしく夫恋し」があり、早くに夫と死別していることがわかります。また、「親の墓子の墓参り日暮れけり」からは、子とも死別していることがわかります。亡き人は帰りません。しかし、掲句には、その孫が子が帰省して目の前にいます。口もとは、おのずとゆるむでしょう。『梅の花』(1997)所収。(小笠原高志)


May 2452016

 両腕は翼の名残夏野行く

                           利光釈郎

と翼と鰭はみんな同じものだという。腕は翼として羽ばたいていたかもしれず、鰭として大海原を泳いでいたのかもしれない。夏野の激しいエネルギーのなかに身をおけば、人間としてのかたちがほんの束の間の仮の姿のようにも思えてくる。男でも女でも、大人でも子どもでもなく、ずっと自由な生きものとして夏野を行く。しかし、ひとたび夏野を出れば、また元のきゅうくつな人間に戻ってしまうのだ。夏の野が見せる束の間の夢である。〈葱坊主みんな宇宙へ行くごとし〉〈万緑へ面打つ鑿をそろへけり〉『夏野』(2016)所収。(土肥あき子)




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