May 03 1997
憲法の日や雑草と山に居る
熊谷愛子
憲法が施行された五十年前に大人だった人々にとって、新憲法はまぶしいほどの衝撃をもたらしただろう。とくに、第9条は。「……国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」。文字通り塗炭の苦しみをなめさせられた庶民のひとりとして、作者は戦争のない世の中の幸福をしみじみと味わい、雑草さえもがいとしく感じられ、共に生きる心持ちになっている。風はそよ風。上天気。(清水哲男)
September 23 2001
母の行李底に団扇とおぶひひも
熊谷愛子
追悼句だろう。亡くなった母親の遺した物を整理するうちに、行李(こうり)を開けたところ、いちばん底のほうから「団扇(うちわ)」と「おぶひひも」が出てきた。彼女は、何故こんな役立たずのものを大事に仕舞っておいたのか。……といぶかしく思いかけて、作者はハッとした。覚えているはずもないが、この「おぶひひも」は赤ん坊の私をおんぶしてくれたときのもの。となれば、この「団扇」は暑い盛りに私に風を送ってくれたものなのだ。二度と使うことはないのに、こうやってとっておいた母の心が、わかったような気がした。母は「行李」を開けたときに、ときどき底のものを見ていたにちがいない。私が反抗したとき、私に馬鹿にされたとき、そして私が結婚して家を出たときなどに……。とくに女性にはプライバシーもへちまもなかった時代には、自分用の「行李」だけは、プライバシーの拠り所だったはずだ。だから、そこに仕舞ってあるのは単なる「物」以上の意味をこめた「もの」も収納されていたのだと思う。このときに「行李」の「底」とは、「心の底」と同義である。何度か読んでいると、自然に涙がにじんでくる。名句である。「おぶひひも」の平仮名が、切なくも実によく効いている。「団扇」は夏の季語だから、一応夏に分類はしておくが、句の本意からすると無季が適切かと。『旋風(つむじ)』(1997)所収。(清水哲男)
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