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April 2041997

 初孫はいとしき獣山笑ふ

                           増田耿子

と猫を素材にした詩歌にはロクなものがない。というのが、私の持論だ。対象にべたつきすぎるからである。自己陶酔の押し売りでしかない場合が多いからだ。その意味で、この句の「いとしき」も気にはなるが、孫をずばり「獣」ととらえたところが新鮮だ。言われてみると、人間が本当に「獣」と同じである時間は、赤ん坊のときだけのような気がする。獣は山に棲む。だから、山は微笑して赤ちゃんを見守る存在だ。「山笑ふ」という季語を使った俳句という観点から見ても、異色の一句だろう。『一粒句集』第34集(電通関西支社・電通会俳句部刊)所収。(清水哲男)


April 0441998

 山笑ふみづうみ笑ひ返しけり

                           大串 章

爛漫の風景句。たしかキャンディーズに「ほほえみ返し」という歌があったが、これはまたスケールの大きい「ほほえみ返し」だ。トリビアルで巧緻な仕組みの句もよいけれど、このように風景を大づかみにした作品も面白い。なによりも、読者としてはホッとさせられるところが心地よい。何事につけセコセコした世の中で、スケールの大きい句をつくることは非常に難しいと思うが、大串章はそれをいとも簡単な感じで作品化している。無技巧と見えるが、やはり長年技巧の波をかぶってきた作者ならではの境地の表出だろう。素人には、つくれそうでつくれない。プロの腕前と言うべきか。ちなみに「山笑ふ」は「春山淡冶にして笑ふが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧ふが如く、冬山惨淡として眠るが如し」(臥遊録)から、春の季題となった。『百鳥』(1991)所収。(清水哲男)


April 0842004

 豆の花校内放送雲に乗る

                           中林明美

語は「豆の花」で春。俳句では、春咲きの蚕豆(そらまめ)と豌豆(えんどう)の花を指す例が多い。家庭菜園だろうか。今年も豆の花が咲いた。晴天好日。それだけでも春の気分は浮き立つのに、近くの学校からは子供の元気な声のアナウンスが流れてくる。校内放送が「雲に乗る」わけだが、作者もなんだかふわふわとした春の雲のなかにたゆたっているような気持ちになっている。とても気持ちのよい句だ。このときに作者の手柄は、「雲に乗る」というような常套語を使いながらも、稚拙な表現に落ちていないところにある。落ちていないのは「豆の花」と「校内放送」との取り合わせの妙によるのであって、両者のいずれかが他の何かであったりすれば、句は一挙に崩れ落ちてしまいかねない。「豆の花」と「校内放送」とはもちろん何の関係もないのだが、しかしこうして並べられてみると、まずは作者の暮らしている日常的な場所がよく見えてくる。つまり、句景が鮮明になる。鮮明だから、小さな豆の花の可憐な明るさと校内放送の元気な声の明るさとが、無理なくつながってくるというわけだ。この作者については、坪内稔典が「明美の俳句は読者の心をきれいにする」と書いていて、私も同感である。そして「読者の心をきれいにする」第一条件は、読者が句を読むに際して余計な詮索の手間をかけさせずに、すっと自分の世界に誘うということだ。そのためには、まずなによりも句景をはっきりさせることが大切だけれど、そのことによる稚拙表現への転落は避けなければならない。ここが難しい。掲句は一見平凡な作品のように写るかもしれないが、この難しさをクリアーした上での「なんでもなさ」だと言っておきたい。句集冒頭の句は「山笑う駅長さんに道を聞く」というものだ。開巻一ページ目からして、大いに心をきれいにしてくれた。『月への道』(2003)所収。(清水哲男)


March 1232008

 炭砿の地獄の山も笑ひけり

                           岡本綺堂

うまでもなく「山笑ふ」も「笑ふ山」も早春の季語である。中国の漢詩集『臥遊録(がゆうろく)』に四季の山はそれぞれこう表現されている。「春山淡冶(たんや)にして笑ふがごとし。夏山は蒼翠にして滴るがごとし。秋山は明浄にして粧ふがごとし。冬山は惨淡として眠るがごとし」と、春夏秋冬まことにみごとな指摘である。日本では今や、炭砿は昔のモノガタリになってしまったと言って過言ではあるまい。かつての炭砿では悲惨なニュースが絶えることがなかった。まさしくそこは「地獄の山」であり「地獄の坑道」であった。多くの人命を奪い、悲惨な事故をつねに孕んでいる地獄のような炭砿にも、春はやってくる。それは救いと言えば救いであり、皮肉と言えば皮肉であった。それにしても「地獄の山」という言い方はすさまじい。草も木もはえない荒涼としたボタ山をも、綺堂は視野に入れているように思われる。ずばり「地獄の・・・・」と言い切ったところに、劇作家らしい感性が働いているように思われる。春とはいえ、身のひきしまるようなすさまじい句である。子規の「故郷(ふるさと)やどちらを見ても山笑ふ」という平穏さとは、およそ対極的な視点が働いている。句集『独吟』をもつ綺堂の「北向きに貸家のつゞく寒さかな」という句も、どこやらドラマが感じられるような冬の句ではないか。『独吟』(1932)所収。(八木忠栄)


April 2142008

 おおかたを削り取られて山笑う

                           ながいこうえん

の句を読んで、思い出した話がある。ある営業マンが取引先の社長と舟釣りに出かけた。日ごろから、おそろしくおべんちゃらの巧い男として知られていた。ところが、あいにくと舟には弱い。たちまち船酔いしてしまい、辛抱たまらずに嘔吐をはじめてしまった。しかし、彼はがんばった。「げほげほっ」とやったかと思うとすぐに立ち直り「さすがは社長、すごい腕前ですねえ」と言ったかと思うと、またもや「げほげほっ」。ついには顔面蒼白になりながらも、「げほげほっ、……さすが……シャチョーッ、うまいもんだ、……げほっ、シャチョー、オミゴト、げほっ……、ニッポンイチーッ、……げほげほっ」。実話である。「おおかた(大部分)」の精気を奪われても、なお必死におのれの本分を貫き通す根性は、掲句の山も同じことだろう。この山は、絶対に泣き笑いしているのだ。健気と言うのか、愚直と言うのか、読者はただ「ははは」と笑うだけではすませられない「笑い」が、ここにある。『現代俳句歳時記・春』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


August 2482010

 八月のしずかな朝の出来事よ

                           鳴戸奈菜

本人にとって8月の持つ背景は深く重い。上五に置かれた「八月」の文字は、次の言葉を待つわずかな間にも胸を騒がせ、しくと痛ませる効果を持ってしまう。先の戦争がことに大きな影を落していることは確かだが、そこにとらわれ、身動きできなくなっているのではないかと、世界の8月の出来事を見渡してみた。すると、西暦79年の本日、ポンペイでは朝から不気味な地鳴りが続き、昼頃ヴェスヴィオ火山の大噴火によって消滅した日であった。この時節が持つやりきれなさと屈託は、もしかしたら全人類、世界的に共通しているのかもしれない。作品は〈山笑うきっと大きな喉仏〉〈あのおんな大の苦手と青大将〉の持ち前の明るくユニークな作品にはさまれ、饒舌のなかにおかれた静寂の一点でもあるように、ゆるぎない光りを放っている。俳誌「らん」(2010年・季刊「らん」創刊50号記念特別号)所載。(土肥あき子)


March 2432013

 山笑ふ着きて早々みやげ買ひ

                           荻原正三

るい春の旅の句です。着いて早々、ご当地土産を買い求め、すこしはしゃいでいる姿を、葉が出始めた山も迎え入れてくれています。句集では、「春風や頬にほんのり昼の酒」と続き、読むこちら側も、おだやかな春の旅の気分をわかち合えます。ところで、句集の跋文を書かれている岬雪夫氏によると、掲句が作られる十年前、荻原さんは難病に遭い、長期にわたる闘病生活を余儀なく過ごされていたそうです。そのとき、看病の枕元で奥さまが読んでいる俳誌を覗くようになり、入院、再入院の生活の中で句作を始められたとのこと。その頃の句に「行くところ他にはなくて蝸牛(かたつむり)」があります。そういう作者の背景を知ったうえで掲句を読むと、ほんとうに、山が笑っているのだと思えてきます。掲句は「平成十八年、四国高知にて」とあり、この旅で奥さまの八重子さんは、「酒酌めば龍馬のはなし初鰹」を残しています。掲句と並べると脇にもなり、連句のように楽しさが広がります。『花篝』(2009・ふらんす堂)所収。(小笠原高志)




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