蟄」隱槭′譏・逕ー縺ョ句

April 1641997

 頭悪き日やげんげ田に牛暴れ

                           西東三鬼

われてみると、私たちには頭の「悪い日」と「よい日」とがあるような気がする。運の「よい日」と「悪い日」とがあるように……。そんな頭の悪い憂鬱な日に、美しいげんげ田を眺めていると、猛り狂った牛が暴れこんできた。せっかくの紫雲英が踏み荒らされて台無しである。昔の漫才師・花菱アチャコの台詞ではないけれど、「もうムチャクチャでござりまするわ」の図。よくよくツイてない日だと作者はうなだれている。読者にはそこが笑えるし、そこで楽しくなる。もっとも他方では、この句を抽象的に精神の劇として読もうとする人もいると思う。が、このまま素直に実景として受けとっておくほうが、私はそれこそ「頭」にも「身体」にもよいと思うのである。(清水哲男)


March 1331998

 むつつりと春田の畦に倒けにけり

                           飯島晴子

田は、昨秋の収穫期から今年の春までそのままにしてある田圃のこと。「倒けにけり」は「こけにけり」と読ませる。要するに、春田の畦を歩いていた農夫が、どうしたはずみかひっくり返っちゃったのだが、その顔は苦笑するでもなく、相変らずむっつりしているというシーンを捉えた句だ。ユーモラスであると同時に、読者をしてこの農夫の生き方の一端に触れさせる作品である。こういう人は、電車のドアが鼻先でしまっても、決して多くの都会人のように照れ笑いしたりはしないだろう。「むつつりと」が小気味好いほどに利いている。かつて阿部完市が晴子句を評して「何気ない言葉が奇妙にとたんに生動し、何気なさというぼかしが逆にひどく焦点化するのを実感する」と言った。まことに、そのとおりではないか。春田を眺めるのならば、いまが旬だ。無念にも、私の暮らしている三鷹武蔵野地域には、水田といえるほどの立派な田圃は皆無である。『八頭』(1985)所収。(清水哲男)


April 0242001

 一服の茶をげんげ田にかしこまる

                           太田土男

圃一面に咲く紫雲英(げんげ)の花の光景は、昔の農村では日常的なものだった。やがて鋤かれて、土に混ぜ合わされてしまう。肥料になるわけで、鋤かれるのを見ていても、感傷に誘われるようなことはなかった。また来春になれば、必ず同じ光景が戻ってくるからだ。この句を読んで思い出されたのは、視覚的な花ではなく、触覚的な「げんげ」だ。花が咲くと、女の子はもちろん、男の子も「げんげ田」に座り込んで、花輪作りなどをして遊んだ。その座り込んだ感覚が、半世紀という時間を経てよみがえってきた。どんなに天気が良い日でも、花の上に坐ると湿っぽくてひんやりとしていた。掲句は、野良仕事の合間のティー・タイムである。「かしこまる」は、いろいろな意味に取れるが、私はずばり「正座」だと読む。句が作られたのは二十年ほど前のことだから、畦道に置いてあった茶は、たぶん魔法瓶に詰められていただろう。私の頃には薬罐だったので、飲むころには冷たくなっていた。どちらでもよいけれど、茶は「いただく」ものである。したがって、おのずから自然に「正座」となる。この湿っぽく冷たい「げんげ」の感触があってこそ、はじめて春の野良で喫する茶の美味さが味わえる。茶に限らず、まだ日本人には立ち飲み、立ち食いの習慣はなかった。はしたないことと、されていた。そのころ覚えた歌に、西條八十の「お菓子と娘」がある。一節に「選る間も遅し エクレール/腰もかけずに むしゃむしゃと/食べて口拭く 巴里娘」とあり、仰天した。でも、巴里(パリ)のお姉さんたちって奔放で恰好いいんだなあとも思った。後年はじめてパリに行ったときに、当然思い出した。意識して「巴里娘」を見ていると、お菓子をほおばりながら歩いている女性はいるはずもなく、くわえ煙草で歩く若い女性たちが目についた。たいていが「パルドン」を連発しながら、人を蹴飛ばすようにして歩いていた。恰好悪いなと思った。最近のの日本でも、くわえ煙草の女性が目立ってきた。家やオフィスでは、喫えないからだろう。でも、恰好よい娘はほとんど見かけない。格好良く煙草を喫うのは、とても難しいのだ。あれっ、また脱線しちゃったかな……(苦笑)。『太田土男集』(2001)所収(清水哲男)


April 1042003

 げんげ田や花咲く前の深みどり

                           五十崎古郷

語は「げんげ田」で春。「春田(はるた)」に分類。昔の田植え前の田圃には、一面に「げんげ(紫雲英)」を咲かせたものだった。鋤き込んで、肥料にするためである。いつしか見られなくなったのは、もっと効率の良い肥料が開発されたためだろう。これからの花咲く時期も見事だったが、掲句のように、「花咲く前の深みどり」はビロードの絨毯を敷き詰めたようだった。それがずうっと遠くの山の端にまで広がっているのだから、壮観だ。もう一度、見てみたい。句は単に自然の色合いをスケッチしたようにも写るけれど、そうではなくて、紫雲英の「深みどり」には、胎生している生命力が詠み込まれているのだ。むせるように深い、その色合い……。春夏秋冬、折々の自然の色合いは刻々と変化し、常に生命についての何事かを私たちに告げている。連れて、私たちの感受の心も刻々と動いていく。知らず知らずのうちに、私たちもまた、自然の一部であることを知ることになる。やがて紫雲英の花が咲きだすと、子供だった私たちにですら、圧倒的な自然の生命力がじわりと感じられるのだった。「げんげ田の風がまるごと校庭に」(小川軽舟)。校庭で遊ぶ私たちへの心地よい風は、農繁期の間近いことを告げてもいた。もうすぐ、遊べなくなるのだ。子供が、みんな働いていた時代があった。『五十崎古郷句集』(1937)所収。(清水哲男)


April 2742006

 春田より春田へ山の影つづく

                           大串 章

語は「春田(はるた)」。まだ苗を植える前の田のことで、掲句の情景では、水も豊かにきらきらとさざ波を立てている。車窓風景だろう。行けどもつづく春の田に、沿った山々が同じような影を落としている。単調ゆえの美しさ、いつまでも見飽きない。「自由詩」を書いてきた私などには、このような句に出会うと、まぎれもない「俳句」が確かにここにあるという感じを受ける。この情景を同様に詩に書くことは可能だろうが、しかし掲句と同様の美しさを描き出すことは難しいと思う。少なくとも私の力では、無理である。書いたとしても、おそらくはピンボケ写真のようになってしまい、この句のように視線が移動しているにもかかわらず、春田に写る山影を一つ一つかっちりと捉えて、読者に伝える自信はない。また、そういうことが頭にあるので、たまに作句を試みるときにも、この種の題材を敬遠してしまうということも起きてくる。どうしても、まずは自由詩の窓から風景や世間を覗く癖がついているので、そこからポエジーの成否を判断してしまうからだ。詩人の俳句がおうおうにしてある種のゆるみを内包しがちなのは、このあたりに原因があると思われる。そこへいくと掲句の作者などは、もうすっかり俳句の子なのであるからして、俳句様式が身体化していると思われるほどに、詩人がなかなか手を触れられない題材を自在に扱って、ご覧の通りだ。句柄は地味だが、ここで「俳句」は最良の力を発揮している。『大地』(2005)所収。(清水哲男)


August 0382007

 焼酎や頭の中黒き蟻這へり

                           岸風三楼

れは二日酔いの句か、アルコール依存症の症状から来る幻を描いた句のように思える。まあ二日酔いならば「焼酎や」とは置かないと思うので後者だと思う。幻影と俳句との関係は古くて新しい。幻影を虚子は主観と言った。主観はいけません、見えたものをそのまま写生しなさいと。思いはすべて主観、すなわち幻影であった。だから反花鳥諷詠派の高屋窓秋は「頭の中で白い夏野となつてゐる」を書いて、見えたものじゃなくても頭で思い描いた白い夏野でもいいんだよと説いてみせた。窓秋の白い夏野も、この句の黒き蟻も幻の景だが、後者はこの景がアルコールによって喚起されたという「正直」な告白をしている。実際には「見えない」景を描くときは、なぜ見えない景が見えたのかの説明が要ると思うのは、「写生派」の倫理観であろう。西東三鬼の「頭悪き日やげんげ田に牛暴れ」はどうだ。この牛も、頭痛などで頭の具合が悪い日の幻影に思える。イメージがどんな原因によって喚起されようと、表現された結果だけが問題だと思うが、そうすると薬物を飲んで作ってもいいのかという最近の論議になる。これも文学、芸術の世界での古くて新しい課題。講談社『新日本大歳時記』(2000)所載。(今井 聖)




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