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April 0641997

 とへば茅花すべて与へて去にし子よ

                           中村汀女

こで摘んできたの」とでも、行きずりのその子に尋ねたのだろうか。その子は答えず、いきなり「これ、あげる」とだけ言って、作者に持っていた茅花(つばな)を全部押しつけるようにわたすと、駆けて行ってしまった。その子はきっと、見知らぬ女の人と口をきくのがまぶしく、羞ずかしかったのだろう。そんな子の態度に、作者はいとおしさを感じて詠んでいる。茅花といっても、若い人は知っているかどうか。イネ科の多年草。正確にいえば「茅萱(ちがや)の花」であるが、花がまだ細くとがった苞(ほう)に包まれている頃に食べると、柔らかくて甘い。だから、句の子供も、たくさん摘んで大切に持っていたのである。「去にし」は「いにし」と読ませる。(清水哲男)


March 1532001

 笹舟の舫ひていでぬ茅花かな

                           飴山 實

庭が大きな世界をミニチュア化した楽しさなら、揚句は反対に小さな世界を大きく見立てた面白さだ。小さな笹舟が、あたかも本物の舟同士を舫(もや)ったような感じで、次々と岸を離れていく。このとき、岸辺になびく可憐な茅花(つばな)の穂は、笹舟からすればさながら嵐のなかの巨木のように写ることだろう。子供が玩具で遊ぶときの、あの童心の世界だ。と同時に、句は自然の大きさも描いている。大きな自然からすれば、笹舟も本物の舟も、人間を尺度にした大小などにさしたる違いがあるわけではない。むしろ、同一だとしたほうがよいだろう。だから自然のなかにあっては、童心は見立てや錯覚に起因するのではなくて、それこそ自然そのものから流れ出してくる心持ちなのだ。この季節に、笹舟ではよく遊んだ。学校帰りの道草である。唱歌に出てくるのとそっくりな「春の小川」に、一枚の笹の葉を細工した簡単な舟、二枚を組み合わせて作った帆掛け船を、飽きもせずにひたすら流すだけ。笹舟では物足らなくなった上級生たちは、木を削ってゴム動力をつけたり、本格的に蒸気エンジンを搭載した船まで走らせていたっけ……。岸の茅花の若い穂を引き抜いて噛むと、わずかに甘い味がした。なかにはついでにメダカをすくって食べる奴もいたけれど、これは仲間におのれの度胸を誇示するためで、臆病な私にはとうてい適わぬ芸当だった。懐かしいなあ、笹舟も茅花も。『次の花』(1989)所収。(清水哲男)


April 1742008

 つばな野や兎のごとく君待つも

                           鬼頭文子

色の穂がたなびく「つばな野」でうさぎのようにじっとうずくまって、あなたを待っていますよ。と愛しい人に呼びかけている。「君」は短歌でもおもに恋の歌に用いられる人称。「待つも」ととまどいを残した切れが、帰ってくるかどうかわからない人を待つ不安を反映させている。四月末から五月にかけて白い穂をたなびかせるつばな野は春の野に季節はずれの秋が出現したようで、不思議に美しい。遠くから見ると銀色に光る穂綿がうずくまる兔の背のように見えるだろう。膝下ぐらいの高さに群生するこの草が神社でくぐる「茅の輪」になるという。鬼頭文子の夫は絵の勉強のため単身フランスへ渡っていた。愛らしい兔に投影されている女の姿は不満を漏らさず男の帰りをじっと待つ女の愛のかたちでもある。「待つわ」という歌もあったが意地悪な見方をすれば、待っている自分のけなげさに酔っているようにも思える。待つ、待たれる男女の関係は今変化しているのだろうか。「春の風あいつをひらり連れてこい」とは20代の俳人藤田亜未の句集『海鳴り』(2007)の中の恋句。このような句を読むと湿りのない現代的な恋の感覚に思えるが、もう一方で「さくらんぼ会えない時間は片想い」と、呟くところをみると、半世紀を経ても、会えない時の心細さは文子と変わらないのかもしれない。『現代俳句全集』一巻(1958)所載。(三宅やよい)


April 1842011

 茅花抜く遠きひかりの中にいて

                           早川三千代

かしい情景だ。子供の頃、よく茅花(つばな)を抜いて食べていた。それも、片手に握れるだけたくさん抜こうと、要するに風流心のかけらもなく、食い気一本で春の野を這えずりまわったものだった。茅花はチガヤの花のことだが、若い花穂は綿のようにやわらかくて、少し甘い味がする。この句の作者が抜いているのは、もう少し成長してからのものだろう。むろん食い気からなどではなくて、その美しい銀白色の花を愛でるためである。おだやかな春の日差しをあびながら、一本か二本くらいをすっと抜いてみている。そしてその日差しは、実は遠い過去のものである。「遠きひかり」のなかでは、作者の姿がシルエットのように浮かび上がっており、もはや夢とも現とも分かちがたい情景だ。類句はありそうだが、いかにも俳句らしい詠みぶりの心休まる一句だと思った。『現代俳句歳時記・春』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


April 2942015

 子らや子ら子等が手をとる躑躅かな

                           良 寛

どもたちが群れて遊んでいるのだろう。「子らや子ら子等……」という呼びかけに、子どもが好きだった良寛の素直な心が感じられる。春の一日、おそらく一緒になって遊んでいるのだろう。子らと手をとりあって遊んでいるのだ。この「手」は子どもたちの手であり、良寛の「手」でもあるだろう。あたりには躑躅の赤い花が咲いている。子どもたちと躑躅と良寛とーー三者の取り合わせが微笑ましい春の日の情景をつくりだしている。子ども同士が手をとりあっているだけではなく、そこに良寛も加わっているのだ。良寛の父・以南は俳人だったが、その句に「いざや子等こらの手をとるつばなとる」がある。この句が良寛の頭のどこかにあったのかもしれない。子どもらとよく毬をついて遊んだ良寛には、「かすみ立つ長き春日を子どもらと手毬つきつつこの日くらしつ」など、子どもをうたった歌はいくつもあるけれど、おもしろいことに『良寛全集』に収められた俳句85句のなかで、子どもを詠んだ句は掲出した一句のみである。他の春の句に「春雨や静かになでる破(や)れふくべ」がある。大島花束編著『良寛全集』(1989)所収。(八木忠栄)




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