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April 0141997

 ひつ込まぬびつくり箱や万愚節

                           北野平八

レゼントにもらった箱を楽しみに開けた途端に、何やらヒュルルッと飛び出してきた。びっくり、した。そういえば「今日はエイプリル・フールズ・デイであったわい」と、かつがれたことに苦笑する。ところが、飛び出してきた物を箱にしまおうとするのだが、どういう仕掛けになっているのか、元の箱におさまらない。いろいろやってみるのだが、どうしても元どおりにならない。そのうちに、大の男がびっくり箱と一心不乱に苦闘している滑稽さにふと気づき、再び苦笑したところでこの句が生まれた。いつまでも子供の一面を持つ男という生物の様子に、私もまた苦笑しつつも共感を覚えた次第である。『北野平八句集』所収。(清水哲男)


April 0141998

 四月馬鹿傘さして魚買いに行く

                           有働 薫

イプリル・フールズ・デイ。この季題で詠むと、とかく馬鹿な行為を中心に置きがちだが、揚句はそんなこともなく、しかし、なんだかどこかでくすりと笑える。ちょいと切ない感じもある。平凡に生きることへの愛もある。この3月28日に東京は荻窪の大田黒公園(かつてのNHKラジオ番組「話の泉」でもお馴染みだった音楽評論家・大田黒元雄の豪邸跡)の茶室で開かれた「余白句会」での一句。ゲストで来てくれた岡田史乃さんがトップに推した作品だ。私は二位に選んだのだが、その後作者(詩人、俳号・みなと)と遠来の多田道太郎(俳号・道草)さんとのやりとりを聞いていたら、フランスでは「四月馬鹿」のことを「四月の魚(原語では複数)」というのだそうである。知らなかった。でも、なぜ「魚」なのだろう。物知りの八木幹夫(俳号・山羊)さんがすかさず「魚はキリストになぞらえられるから……」と推理してくれたが、正確なところはどうなのでしょうか。なお、当日の私の「馬鹿」な句は「馬鹿に陽気な薬屋にいて四月馬鹿」というものでした。お粗末。(清水哲男)


April 0141999

 四月馬鹿病めど喰はねど痩せられず

                           加藤知世子

月馬鹿の句には、自嘲句が多い。自分で自分を馬鹿にしている分には、差し障りがないからである。この句も、典型的なそれだ。「病まねど喰えど太れない」私としては、逆に少々身につまされる句ではあるけれども、見つけた瞬間には大いに笑わせてもらった。作者の人柄がよくないと、なかなかこうは詠めないだろう。楽しい句だ。このように自分で自分を笑い飛ばせる資質は、俳人にかぎらず表現者一般にとって、とても大切なものだと思う。それだけ深く、自分を客観視できるからだ。その意味で、この国の文芸や芸術作品には、とかく二枚目のまなざしで表現されたものが多くて辟易させられることがある。ときに自己陶酔的な表現も悪くはないが、度が過ぎると嫌味になってしまう。同様に、美男美女につまらない人物が多いのは、他人の好意的な視線だけを栄養にして育ってきているからで、自己否定ホルモンの分泌が足らないせいだろう。他人は馬鹿にできても、ついに自分を馬鹿にすることができない……。せっかく生まれてきたというのに、まことに惜しいことではないか。バイアグラも結構なれど、こうした「馬鹿」につける薬も発明してほしい。(清水哲男)


April 0142000

 万愚節ともいふ父の忌なりけり

                           山田ひろむ

日という日に、このような句に出会うとシーンとしてしまう。偶然とはいえ、父親の命日とエープリル・フールが同じだったことで、作者は世間にいささか腹を立てている。「ともいふ」に、その気持ちがよくあらわれている。たとえば元日に亡くなった身内を持つ人もやりきれないだろうが、万愚節が忌日とは、もっとやりきれないかもしれない。軽いジョークの飛び交う日。人々が明るく振るまう日。そういうことになっている日。しかも、四月馬鹿「ともいふ」日である。父親を悼む心に、世の中から水をかけられているような気分がするだろう。ご同情申し上げる。四月一日の句で圧倒的に多いのは、掲句の作者を嘆かせるような都々逸的、川柳的な作品だ。「船酔の欠食五回四月馬鹿」(大橋敦子)しかり、「丸の内界隈四月馬鹿の日や」(村山古郷)またしかりだ。後者は、四月馬鹿の日にも、せっせと生真面目に働く丸ノ内界隈のサラリーマンたちを皮肉っている。ところでついでながら、Macユーザーの方は本日の「アップルルーム」を見てください。私の好きな真面目なサイトです。でも、今日のコラムやバナー広告は、全部ウソで塗り固められているはずですから。(清水哲男)


April 0142002

 万愚節ともいふ父の忌なりけり

                           山田ひろむ

ール・フールズ・デイ。訳して、すなわち「万愚節(ばんぐせつ)」。人間、みんな馬鹿である日。直截に「四月馬鹿」とも。いろいろな歳時記をひっくりかえしてみても、例句は多いのだが、面白い句は少ない。馬鹿を真面目に考えすぎてしまい、つい「まこと」などと対比させたりするからだろう。なかで掲句は、出色だ。実は二年前の今日にも採り上げた句なのだが、当時と違う感想を持ったので、再掲載することにした。命日だから、作者は父親の在りし日のことどもを自然に思い出している。思い出すうちに、その思いを通じて、人の生涯とは何なのかと、漠然とそんなところに思いが至る。そういえば、今日は「万愚節」。「ともいふ」という軽い調子が実に効果的で、父親の忌日の厳粛さをひょいと相対化してみせている。人はみな愚かなのであり、父親もそうだったのであり、そしてもとより我もまた……。作者の泣き笑いめいた心情が、よく伝わってくる。どこか可笑しく、それ以上にどこか哀しい句だ。ところで、四月一日に亡くなった俳人に、西東三鬼がある。1962年没。すかさず、石田波郷は「万愚節半日あまし三鬼逝く」と詠んだ。渡辺白泉は「万愚節明けて三鬼の死を報ず」と、乗り遅れた。両者の句も悪くはないが、掲句の醸し出す情感のこまやかさにはかなわない。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)


April 0142004

 白飯に女髪かくれて四月馬鹿

                           秋元不死男

語は「四月馬鹿」だが、さあ、わからない。わかるのは「白飯」とあるから、白い米の飯に乏しかった戦中戦後の食料難の時代の作句だという程度のことである。そこで、ああでもないこうでもないと散々考えた末に、勝手にこう読むことに決めた。したがって、これから書くことは大嘘かもしれません(笑)。まず漢字の読みだが、「白飯」は往時の流行語で「ギンシャリ」を当て、「女髪」は「メガミ」と読んでみた。「メガミ」は「女神」に通じていて、しかし作者の眼前にいる女性をそう呼ぶのは照れ臭いので、少し引いて「女髪」とし、髪の美しさだけを象徴的に匂わせたという(珍)解釈だ。ただし、古来「女の髪の毛には大象も繋がる」と言うから、まんざら的外れでもないかもしれない。こう読んでしまうと句意はおのずから明らかとなる。すなわち、色気よりも食い気先行ということ。久しぶりの「ギンシャリ」にありついて、その誘惑の力の前には「女神」も「女髪」もあらばこそ、「白飯」の魅力に色気はどこかにすっ飛んでしまったと言うのである。すなわち自嘲的「四月馬鹿」の句であり、可笑しくも物悲しい味のする句だ。おそらく同時代の作句と思われる句に、原田種茅の「四月馬鹿ホームのこぼれ米を踏む」がある。闇屋がこぼしていった米粒だろう。気づかずに踏んでしまってから、「痛いっ」と感じている。人目がなければそっとかき寄せて、拾って帰りたいほどの「米」を踏んでしまった「馬鹿」。半世紀前には、こんな現実があったのだ。それにつけても、昔から「衣食足りて礼節を知る」と言うけれど、しかし、足りすぎると今度は現今の我が国のようなテイタラクとはあいなってしまう。そういえば、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とも言うんだっけ。まことに中庸の道を行くとは難しいものである。『俳句歳時記・春の部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)


April 0142005

 呑むために酒呑まない日四月馬鹿

                           的野 雄

語は「四月馬鹿」で春。四月一日は嘘をついても許される日ということになっているが、その嘘もだまされた人のことも「四月馬鹿」と言う。掲句はちょっと本義からは飛躍していて、自嘲気味にみずからの「馬鹿」さ加減に力点が置かれている。「酒呑まない日」とはいわゆる休肝日で、必死で禁酒しているわけだが、考えてみれば、これはまた明日から「呑むため」の必死なのだ。アホらしくもあり滑稽でもあり、というところだろう。常飲者でない人からすれば不可解な必死だろうが、当人にしてみれば真剣な刻苦以外のなにものでもないのである。友人にも必ず週に一日は呑まない日を設定している飲み助がいるので、そのしんどさはよく話に聞く。聞くも涙の物語だ。ところで、この季語「四月馬鹿」については苦い思い出がある。数年前にスウェーデンと日本との合同句集を作ろうという企画があり、日本側の選句を担当した。で、四月馬鹿の句には、できるだけバカバカしくて可笑しい句を選んだ。だが、他の選句には何の異論も出なかったものの、この一句のみには先方から同意できないとクレームがついてしまった。理由は明快。スウェーデンでは、四月馬鹿は敬虔な日なのであって、決して笑いふざけるような日ではないからというものだった。合同句集のタイトルが『四月の雪』とつけられたことでもわかるように、彼の地の冬は長い。その暗鬱な季節からようやく解放される予兆をはらんだ四月馬鹿の日。ふざけるよりも、季節の巡りに頭を垂れたくなるほうが自然だろう。私なりにそう納得して、選句は撤回したのだったが……。「俳句研究」(2005年4月号)所載。(清水哲男)


April 1742005

 養生は図に乗らぬこと春の草

                           藤田湘子

にご存知のように、作者は一昨日亡くなられた。享年七十九。主宰誌「鷹」のいちばん新しい号(2005年4月号)で見ると、掲句のように闘病生活を詠んだ句が目立つ。この句ではしかし、だいぶ体調が良くなってこられていたようなので、一愛読者としてはほっとしていたのだが……。元気な人がこんな句を詠んだとしたら、教訓臭ふんぷんで嫌みな感じしか受けないけれど、病者の句となると話は別だ。一般的な教訓などではなく、自戒の意が自然に伝わってくるからである。少しくらい調子が戻ってきたからといって、萌え出てきた「春の草」に喜びを覚えたからといって、ここで「図に乗」っては危険だ。過去に失敗したことがあるからだろうが、作者は懸命に浮き立ちたい気分を押さえ込もうとしている。春の草の勢いとは反対に、おのれのそれを封じ込める努力が「養生(ようじょう)」なのだからと、自分に言い含めているのだ。このモノローグは、同じ号に載っている「春夕好きな言葉を呼びあつめ」「着尽くさぬ衣服の数や万愚節」などと読み合わせると、老いた病者の養生が如何に孤独なものかがうかがわれて、胸が痛む。これらの句は、作者の状況を知らない者にとっては、相当にゆるくて甘い句と読めるかもしれない。だが、掲載誌は結社誌なのだから、これで通じるのだし、これでよいのである。俳句が座の文芸であることを、しみじみと感じさせられたことであった。合掌。(清水哲男)


February 1522006

 馬鹿に陽気な薬屋にいて四月馬鹿

                           清水哲男

生日特権(笑)で、ご迷惑は承知の助で拙句をお読みいただく。新しい句にしたかったのだけれど、何も浮かんでこない。「68歳かあ……」と、何度も陰気につぶやくばかり。仕方がないので、時期外れながら掲句を。八年前の余白句会(1998年3月)に持っていった句だ。自注をつけるほどの句じゃないし、幸い騒々子(井川博年)のレポートがあるので、あわせて読んでください。「巷児の天。騒々子の人。マツモトキヨシのような今風な薬屋でとまどっている男。バカとバカが重なってさらに馬鹿。新しい、面白い。巷児師が天に入れた訳です。バカは東京人の口癖だ、と京都人の道草がぽつり。この句よりも点の入った『砂を吐く浅蜊のごとく猫ねむる』は貨物船、裏通、青蛙の地。うるさ方が点入れている。選後、作者の、猫ってぐしゃっとした感じで眠ってるじゃない、との説明あり。猫に詳しい訳はあとでわかる。/赤帆・清水哲男、2月に地元の吉祥寺に新しく生まれた出版社・出窓社より詩の本『詩に踏まれた猫』を出す。帯にある「ネコとマゴの詩にロクなものはない」には笑ってしまった。巻末の「猫と現代」という猫好き女性との座談会が傑作。この本で4月12日の「朝日新聞」の読書欄「著者に会いたい」コーナーに登場。それにしても、顔写真の下にある 〔清水哲男さん(60)〕とは! 清水哲男、還暦なり」。ああ、八年前は還暦だったのか、それにまだ貨物船(辻征夫)が元気にしゃべってたんだ。などと思うと、八年前でももはや茫々の感がある。トシを取るのが嫌になってくる。時間よ、止まれ。『打つや太鼓』(2003)所収。(清水哲男)


April 0142007

 小当たりに恋の告白四月馬鹿

                           中村ふじ子

月一日です。エイプリルフールです。では、ということで、いくつかの歳時記にあたってみたのですが、「四月馬鹿」あるいは「万愚節」を季語にした句は、どれもピンときません。とってつけたように「四月馬鹿」が句の中に置いてあるだけのように感じるのです。そんな中で、素直に入ってきたのが掲句です。「こ」の音のリズムに、遊び心が感じられます。たぶん、同じ職場の人について言っているのでしょう。いつもひそかにその人のことを思っています。でも深刻な顔で告白する勇気はありません。だめだったときに気まずくなってしまうだろうと思うと、ためらいが出てくるのです。それならばエイプリルフールに、ちょっとした「当たり」をつけてみたらどうだろうと考えたのです。仮に断られても、「冗談冗談」と言って済ませられる日だと、逃げ場を作ったのです。「小当たりに」のところがたしかに、人を好きになった者の弱みと微妙な心理が描かれていて、納得できます。しかし、どう考えてもこの作戦は、うまくゆくようには思えません。告白するほどの思いなら、ずっと当人の胸を痛め、頭を占めてきたはずです。つまり人生の一大事であるはずなのです。四月一日に「小当たりに」なんて、もったいないと思うのです。好きなら好きで、もっと死に物狂いになって、正面からきちんと告白したほうがよいと、わたしの経験から思うのですが。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


March 2032008

 白木蓮そこから先が夜の服

                           小野裕三

だかまだかと楽しみにしていた白木蓮が先週末の暖かさでいっせいに花を開き始めた。「暑さ寒さも彼岸まで」というけど、このまま後戻りすることなく春は加速していくのだろうか。この花の清楚に立ち揃う蕾の姿もいいけれど、ふわりとハンカチを投げかけた開き始めの姿もいい。そう言っても雨風になぶられると、あっさり大きな花弁を散らしてしまうので油断ならない。この頃は散歩の途中で白木蓮の咲きぐあいを見上げるのが日課になっている。きっぱりと夜目に浮き立つこの花は昼とは違う表情をしている。掲句は暮れ時の白木蓮の様子を女性の装いの変化に重ねているようだ。昼のオフィスでの活発ないでたちから夜のパーティ用にシックなドレスに着替えて現れた女性。「そこから先」は暗くなる時間帯を指すとともに装いが変わることを暗示させているともとれる。「はくれん」の響きには襟の詰まったチャイナ服など似合いそうだ。そう思えば細長い花弁を開いたこの花がある時間帯が来ると妙齢の女性に変身する楽しさもあっていよいよ夜の白木蓮から目が離せない。「君たちのやわらかなシャツ四月馬鹿」「菜の花の安心できぬ広さかな」句集全体は現代的な感覚で疾走感があり、取り合わせの言葉の斬新さが印象的である。『メキシコ料理店』(2006)所収。(三宅やよい)


April 0142008

 部屋ごとに時の違へる万愚節

                           金久美智子

愚節(ばんぐせつ)、四月馬鹿、エイプリールフール。といっても、実際に他愛ない嘘をわざわざこの日のために用意している人は、少なくともわたしのまわりにはいない。起源はヨーロッパとも、インドともいわれるが、日本では「嘘」や「馬鹿」など、マイナスイメージの言葉を使っているせいか、いまひとつ浸透していない祭事のひとつだろう。しかし、俳句になるとその文字が持つ捨てがたい俳味が際立つ。身の回りの「愚かであること」はたやすく発見できるものだが、それは排除につながらず、どこか愛おしくなるようなものが多い。掲句は時計が時計の役目を果たしていないという現実である。しかし、そこには時を刻むことが唯一の使命のはずの時計に、それぞれ進み癖やら遅れ癖を持っているという人間臭さを愛おしむ視線がある。さらには「リビングは少し早めに行動したいから5分進めて」「寝室のはぴったり合わせて」という人為的な行為と相まって、ますます時計は時計の本意から外れていく。結局テレビに表示される時計を見るだけのために、テレビを付けたりしているのである。それにしても現代の家電にはあらゆるものに時計が付いている。微妙に狂った時計たちが休むことなくせっせと時を刻んでいるのかと思うと、ちょっと切ない。「続氷室歳時記」(2007・邑書林)所載。(土肥あき子)


April 0142009

 噴水のりちぎに噴けり万愚節

                           久保田万太郎

日は万愚節(四月馬鹿)。今の時季、あちこちの句会ではこの季語を兼題とした夥しい句が量産されているにちがいない。日本各地で“馬鹿”が四月の始まりを覆っていると思うと、いささか愉快ではないか。言うまでもなく、この日はウソをついて人をかついでもよろしいとされる日である。もともと西欧から入ってきた風習であり、April Fool's Day。フランスでは「四月の魚」と呼ぶ。インドが起源だとする説もあるようだが、一般に起源の確証はないそうである。現在の噴水はだいたい、コンピューター操作によって噴き方がプログラミングされているわけだから、勝手気ままに乱れるということなく、きちんと噴きあげている。掲出句は「りちぎ(律儀)」ととらえたところに、万太郎ならではの俳味が加わった。世間は「万愚節」だからといって、春の一日いたずら心のウソで人を惑わせようとくわだて、ひそかにニヤリとしているのに、噴水は昨日も今日も変わることなく水を高々と噴きあげている。万太郎は滑稽な噴水図を作りあげてくれた。人間世界に対する皮肉でもあろう。もっとも、そこいらじゅうに悪質なウソが繁殖してきている今の時代にあっては、万愚節という風習がもつゆとりとユーモアも半減というところか。万愚節を詠んだことのない俳人はいないだろう。「万愚節半日あまし三鬼逝く」(石田波郷)「また同じタイプに夢中万愚節」(黛まどか)。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


April 2042011

 万緑も人の情も身に染みて

                           江國 滋

道癌の告知を受け、闘病生活をおくった滋が遺した句集『癌め』はよく知られている。掲句は全部で五四五句収められたうちの一句。この一冊には、おのれの癌と向き合うさまざまに屈折した句が収められている。「死神にあかんべえして四月馬鹿」「おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒」などの諧謔的な句にくらべると、掲句は神妙なひびきをたたえている。そこにじつは滋の資質の一端をのぞき見ることができるように思われる。中七以下には、俳句としての特筆すべき要素はないと言っていいけれど、「万緑」とのとり合わせや、その「身」のことを思えば、おのずと深い味わいがにじみ出てくる。詞書に「払暁目が覚め、眠れぬまま、退院後の快気祝ひに添へる句をぼんやり考へる」とあり、「4月19日」の日付がある。当人は「快気祝ひ」を「考へ」(ようとし)ていたということ、また果敢に秋の酒を「酌みかはさう」とも考えていたということ。そのようにおのれを鼓舞するがごとく詠んだ作者の心には、ずっしりと重たい覚悟のようなものがあったと思われる。滋(俳号:酔滋郎)は「おい癌め…」を詠んだ二日後の8月10日についに力尽きた。万緑の句と言えば、草田男の他に上田五千石の「万緑や死は一弾を以て足る」もよく知られている秀句である。『癌め』(1997)所収。(八木忠栄)


April 0142012

 御仏の切手舐めけり万愚節

                           衣川砂生

、私の机の上には、今年いただいたバレンタインデーのチョコレートの色鮮やかなパッケージが、十数個積み上げられたまま残っています。今日はエイプリルフールですが、これはウソではありません。四月馬鹿、または万愚節。俳句をたしなむ者として、虫歯・肥満・糖尿の原因になりやすいチョコレートよりも、洒落た嘘をいただきたいものです。その点、掲句はお見事です。誰もが切手をなめた経験をもっていて、その現実感を味方につけた虚構です。「御仏」と、仏に敬意を示しながらも切手の裏を「舐め」たことで、仏をナメているんですね。しかもこれは、仏に舌を出して「アッカンベー」をしているさまになっています。どうせ嘘をつくならば、こんなふうに大物相手に、二枚舌を使いたいもの です。なお、私の机上のチョコは、女性社員から大量かつ高価な義理を贈られた経営トップの友人から、土産に頂戴したものでした。『日本大歳時記 春』(講談社版1983)所載。(小笠原高志)


April 0142014

 炊飯器噴き鳴りやむも四月馬鹿

                           石川桂郎

じめちょろちょろ中ぱっぱ、が済んだあたりの炊飯器。激しく出していた蒸気が落ち着いた頃だろう。手順が口伝されるほど手がかかったご飯炊きに、自動炊飯器が登場したのは1956年。誰が世話するでもなく炊ける炊飯器に主婦はどれほど歓喜したことだろう。一方、世の男性諸氏は妻とは少し違う見方をしていたようだ。掲句の作者も炊飯器に対して働き者へのねぎらいよりも、いまいましさすら感じているかに思わせるのは、四月馬鹿の季語を斡旋したことでも表れている。妻の労働を軽減することが、すなわち家庭をおろそかにするのではないかという不安につながっているのは、なんともかわいらしくもある。さて、四月馬鹿の今日は、罪のない嘘で笑い合うことが許される不思議な風習。この日は毎年さまざまな企業がジョークのセンスを競っているが、昨年は讃岐うどんチェーン店「はなまる」のホームページ「新メニュー:ダイオウイカ天(要予約)87,000円」に思わず笑ってしまった。時事を上手に取り入れるところが腕の見せどころ。だますのは午前中、午後には種明かしということもお忘れなく。「現代俳句全集 3」(1959・みすず書房)所載。(土肥あき子)


April 0942014

 いつの間に昔話や春灯(はるともし)

                           塚田采花

夏秋冬、灯りはそれぞれに明るいとはいえ、ニュアンスに微妙なちがいがある。とりわけ春の灯りは明るく暖かく感じられるはずである。作者は越後の人であるから、雪に閉じ込められていた永い冬からようやく抜け出しての春灯は、格別明るくうれしく感じられるのである。夜の団欒のひととき、尽きることのない語らいは、ある時いつの間にか昔話にかわっていたのであろう。家族ならお婆ちゃん、他での集まりなら長老が昔話をゆっくり語りだす。もう寒くもなく、みんな真剣になって耳傾けているなかで、灯りが寄り集まった人たちを、まろやかに照らし出している様子がうかがえる。雪国育ちの筆者も子どもの頃、親戚のお婆ちゃんにねだって、たくさんの昔話を聞いたものである。きまって「昔あったてんがな…」で始まり、「…いきがぽーんとさけた」で終わった。「もっと、もっと」とせがんだものである。采花の他の句に「一つの蝶三つとなりし四月馬鹿」がある。『独楽』(1999)所収。(八木忠栄)


April 0142016

 四月馬鹿昨日のあひる今日も居て

                           伊藤俊二

が言うたか四月馬鹿・エイプリルフール(英語:April Fools' Day)・漢語的表現では「万愚節」または「愚人節」。毎年4月1日には嘘をついてもよいという風習である。4月1日の正午までに限るとも言い伝えられている。洒落た嘘の一つもついてみたいと長年の念願だったが未だに叶わない。閑話休題、どうでもいい事だが、「4月1日生まれ」は早や生まれとして扱われ一学年先に入学・卒業とさせられる。幼少期の一学年差は能力的にこの1日の差がきつい。私の母は戦時下のどさくさに紛れて小生を4月3日生まれと出生届を出したのかも知れぬ。おかげで小学校の勉学はその学年の最年長という立場で万事人一倍理解する事が出来た。高校・大学と進むにつれて地が出て落第すれすれに舞い戻ってしまったのは本人の努力意識の欠如の為。さて、あひる。昨日も今日も能天気にすいすいと水を泳いでいる。学力も出世も彼らには関係ない。ただただあるがままの等身大の「あひる」を生きている。何の進歩も見られずに今日も昨日と同じ日が暮れてゆく。『新版・俳句歳時記』(2012・雄山閣)所載。(藤嶋 務)


April 0342016

 バケツなれば凹みもありし四月馬鹿

                           辻 征夫

つて、バケツはブリキ製でした。教室の隅に汚れたぞうきんとともに置かれていて、一応、掃除の時はぞうきんを絞ったり汚水を運んだりしていましたが、その存在は誰にも顧みられずにひっそりと佇むばかりです。時に、やんちゃ坊主はそれを叩いたり蹴飛ばしたので、学年度末のバケツは凹んだり歪んだりしていました。教室内の備品のヒエラルキーを考えてみても、教卓や黒板、チョーク入れ、定規などは生徒からみて正面に据えられた上部構造に位置するのに対して、掃除道具一式は下部構造といってよく、ブリキのバケツに関しては、小中高の12年間にわたって使用していたにもかかわらず、それを大切に扱いましょうという気持ちをもったことはありません。むしろ、教室内の備品の中でも、バケツはぞうきんと並んで最も蔑まれた存在でした。では、バケツ全般が軽蔑の対象になるのかというとそれは違います。かつて、北海道の冬の教室は、石炭ストーブで暖をとっていましたが、その煙突の下には、真っ赤なペンキを塗られた防火用バケツが水をたっぷりと溜めていて、ある種、厳かな存在感を発揮していました。悪ガキどもも、これを蹴飛ばしてはバチが当たると本能的に察知していました。一方で、ブリキのバケツは相変わらず日々の汚れを受け入れて、色も匂いもドブネズミみたいです。もし、辻さんが自嘲の句として、自分を四月馬鹿のバケツだと思っていたのなら、ブルーハーツのリンダリンダリンダみたいにその心は美しい。『貨物船句集』(2001)所収。(小笠原高志)




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