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March 2631997

 あたたかきドアの出入りとなりにけり

                           久保田万太郎

日文芸文庫新刊(97年4月刊)結城昌治『俳句は下手でもかまわない』所載の句。うまいですねー。この無造作な語り口。一歩誤れば実につまらない駄句になる所を、ギリギリの所で俳句にできる作者の腕の確かさ。まさに万太郎俳句の精髄がここにある。季語は「暖か」。この句の舞台はビルでしょうね。すると、ドアは回転ドアか。くるっと回れば、もう外は春です。杉の花粉も飛んでくるけど……。(井川博年)


April 1441998

 たばこ吸ふ猫もゐてよきあたたかさ

                           嵩 文彦

者は北海道札幌市在住。医師にして現代詩人。私と同世代で、最近は詩よりももっぱら俳句に力を入れているようだ。北海道の春の訪れは遅いので、暖かくなってくる喜びには、私のような「本土」に住む人間には計り知れないものがあると思う。だから「たばこ吸ふ猫」がいたっていいじゃないかと思えるほどに、嬉しい気分はほとんど天井知らずの高さにまで跳ね上がっている。そこで読者もまた、作者と同じ気分になって嬉しくなってしまうのだ。そういえば谷岡ヤスジの漫画に、煙管を銜えた呑気な牛が出てくるが、煙草を吸う猫も、ぜひとも彼に描いてもらいたくなった。ヒトとネコが一緒に煙草を吸いながら、あれこれと語り合う春のひととき……。うん、こいつは絶対にケッサクな漫画になるぞ。『春の天文』(1998)所収。(清水哲男)


March 0531999

 あたたかや四十路も果の影法師

                           野見山朱鳥

分の影。五十歳に近い男の影法師。病弱だった作者は、暖かさに誘われて庭に出ている。若いころの影とはどこか違い、影にも年輪があることを見いだして、作者はあらためて己の年令のことや來し方を思っている。春愁の心持ちだ。朱鳥は五十二歳で亡くなった(1970)。だから、この句を書いた後、そう長くは生きられなかったことになる。そのことから照り返されてくる哀切……。しかし、こうした事実を知らなくても、句は十分に観賞に耐え得る。人間が時間を心に置き、年令をカウントするのは、究極のところ「死」を意識する結果であるからだ。たとえば、サラリーマンが「四十路の果」で定年までの年数を頭に浮かべたりするのも、その果てには確実に「死」が待ち受けているという認識があるからである。人間に「死」の意識がないとすれば、定年などどうということもない。いや、定年という制度そのものが既にして「死」の観念から逆算されたものだから、定年を思うことは畢竟「死」を思うことなのだ。そこで、句の影「法師」の意味が鮮明に立ち上がってくるということになる。「絶命の寸前にして春の霜」(朱鳥)。「死」の寸前にあっても、なお「寸前」という時間意識にとらわれる怖さ。『愁絶』(1971)所収。(清水哲男)


February 2422004

 寝押したる襞スカートのあたたかし

                           井上 雪

語は「あたたか(暖か)」で春。と何気なく書いて、待てよと思った。このスカートの「あたたかし」は、外気によるものではないからだ。だから、むしろもっと寒い冬の時期の句としたほうが妥当かもしれない。しかし待てよ、早春の寒い朝ということもあり得るし……、などと埒もないことを考えた。作者は十二歳から有季定型句を詠みつづけた人だから、作句時には「あたたか」を春の季語として意識していたとは思う。とすれば、寝押ししたスカートをはいたときの暖かさを、気分的に春の暖かさに重ねたのだろうか。いずれにせよ十代での句だから、あまりそんなことにはこだわらなかったとも思える。それはそれとして、襞の多いスカートの寝押しは大変だったろう。折り目正しくたたまなければならないし、敷布団の下に敷くのもそおっとそおっとだし、寝てからも身体をあまり動かしてはいけないという強迫観念にかられるからである。もちろん私はズボンしか寝押ししたことはないけれど、起きてみたら筋が二本ついていたなんて失敗はしょっちゅうだった。しかし、それ一本しかないんだから、はかないわけにはいかない。そんな失敗作をはいて出た日は、一日中ズボンばかりが気になったものだ。作者が掲句を詠んだときの寝押しは、大成功だったのだろう。その気分の良さがますます「あたたかし」と感じさせているのだろう。女性の寝押し経験者には、懐しくも甘酸っぱい味わいの感じられる句だと思う。この「寝押し」も、ほとんど死語と化しつつある。プレスの方法一つとっても、すっかり時代は変わってしまったのだ。『花神現代俳句・井上雪』(1998)所収。(清水哲男)


March 2732005

 石蹴りの筋引いてやる暖かき

                           臼田亜浪

石けり
語は「暖か」で春。暖かいかと思えば寒くなったりと,春先の気温はなかなか一定しない。そんな時期がようやく過ぎて,心地よい暖かさの日が訪れてきた。上機嫌の作者は,「石蹴り」遊びをはじめようとしている子供たちを手伝って,「筋」を引いてやっている。舗装された道路などでならロウセキかチョークで、土の道や庭でなら棒切れか何かで……。いずれにしても、大の男が頼まれたわけでもないのに,そんなふうな気まぐれ心が起きたのも、春らしい程よい「暖か」さのためである。たまには、無邪気な句もよいものだ。ところで、この石けり遊び。多くの人が日本の伝承遊びだと思っているようだが,日本での歴史は意外にも浅い。明治期に入ってから,外国から輸入された戸外ゲームだ。教育的な効果があるというので、学校を通じて全国的に広められたらしい。発祥の地は、実は古代ローマ帝国時代のイギリスだった。それも最初は兵士の脚力のトレーニングのために開発されたもので、それを子供たちが真似てミニチュア化したものが、遊びとして全ヨーロッパにまず定着したのだった。英語では"hopscotch"と言い、国によってそれぞれの呼び名は違っているけれど、基本的なルールは似たり寄ったりである。写真は、アメリカのサイトから借用したもの。ここには、各国での遊び方も紹介されている。日本の「石けり」は昨今すっかりすたれた格好だが,これを見る限り,彼の地ではファミリー・イベントなどでもよく行われているようである。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所収。(清水哲男)


March 0832008

 外に出よと詩紡げよと立子の忌

                           岡田順子

年めぐってくる忌日。〈生きてゐるものに忌日や神無月 今橋眞理子〉は、親しい友人の一周忌に詠まれた句だが、まことその通りとしみじみ思う。星野立子の忌日は三月三日。掲出句とは、昨年三月二十五日の句会で出会った。立子忌が兼題であったので、飾られた雛や桃の花を見つつ、空を仰ぎつつ、立子と、立子の句と向き合って過ごした一日であったのだろう。〈吾も春の野に下り立てば紫に〉〈下萌えて土中に楽のおこりたる〉〈曇りゐて何か暖か何か楽し〉まさに、外(と)に出て、春の真ん中で詠まれた句の数々は、感じたままを詩(うた)として紡いでいる。出よ、紡げよ、と言葉の調子は叱咤激励されているように読めるが、立子を思う作者の心中はどちらかといえば静か。明るさを増してきた光の中で、俳句に対する思いを新たにしている。今年もめぐって来た立子忌に、ふとこの句を思い出した。このところ俳句を作る時、作ってすぐそれを鑑賞している自分がいたり、へたすると作る前から鑑賞モードの自分がいるように思えることがあるのだ。ああ、考えるのはやめて外へ出よう。(今井肖子)


January 1312009

 サーカスの去りたる轍氷りけり

                           日原 傳

郷の静岡には毎年お正月にサーカスが来ていた。「象がいるから雪の降らない静岡にいるんだ」などと、勝手に思い込んでいた節もあるので実際毎年必ず来ていたのかどうか定かではないが、サーカスのテントは見るたび寒風のなかにあった。冬休みが終わり、三学期が始まり、学校の行き帰りに大きなテントを目にしていたが、実際に連れて行ってもらったかどうかは曖昧だ。さらにトラックの行列や設営のあれこれは見ているのに、引き上げるトラックを見かけた記憶はなく、いつもある日突然拭ったような空間がごろり放り出されるように広がって、ああ、いなくなったのだ、と思う。掲句はさまざまな年代がサーカスに抱く、それぞれの複雑な思いを幾筋もの轍に込めている。そしてわたしも、どうして「行きたい」と言えなかったのだろう、と大きな空地になってから思うのだった。〈花の名を魚に与へてあたたかし〉〈伝言を巫女は菊師にささやきぬ〉『此君』(2008)所収。書名「此君(しくん)」は竹の異称。(土肥あき子)


February 0322009

 かごめかごめだんだん春の近くなる

                           横井 遥

だまだ寒さ本番とはいえ、どこかで春の大きなかたまりがうずくまっているのではないか、と予感させる日和もある。夏も冬もどっと駆け足で迫りくる感じがあるが、春だけは目をつぶっている間にゆっくりゆっくり移動している感触がある。掲句はそのあたりも含んで、「かごめかごめ」という遊びがとてもよく表しているように思う。輪のなかの鬼が目を覆う手を外したとき、またぐるぐる回っている子どもたちが立ち止まったとき、春はさっきよりずっと近くにその身を寄せているような気がする。「後ろの正面」という不可思議な言葉と、かならず近寄りつつある春のしかしその掴みきれない実態とが、具合よく手をつないでいる。明日は立春。「後ろの正面だぁれ」と振り返れば、不意打ちをされた春の笑顔が見られるのではないだろうか。〈あたたかや歩幅で計る舟の丈〉〈大騒ぎして毒茸といふことに〉『男坐り』(2008)所収。(土肥あき子)


March 0732011

 過ぎ去つてみれば月日のあたたかし

                           山田弘子

来「あたたか」は春の季語だが、掲句の場合は明らかに違う。強いて春に結びつけるならば「心理的な春」を詠んでいるのだからだ。ただこのことが理屈ではわかっても、実感として染みこんでくるのには、読者の側にもある程度の年輪が必要だ。若年では、とうてい実感できない境地が述べられている。詩人の永瀬清子に『すぎ去ればすべてなつかしい日々』というエッセイ集があって、昔手にしたときには、なんと陳腐なタイトルだろうと思ったものだが、本棚の背表紙を見るたびに、加齢とともにだんだんその思いは薄らいでいった。父が逝ってからまだ三週間ほどしか経っていないけれど、父とのいろいろなことが思い出され、こっぴどく叱られたことも含めて、それらの月日は不思議に「あたたか」いものとして浮かび上がってくる。そして同時に、自分を含めた人間の一過性の命にいとおしさが湧いてくる。それなりの年齢に達したことが自覚され切なくもあるが、春愁に傾いていく心は心のままに遊ばせておくことにしよう。いまさらあがいてみたって、何もはじまりはしないと思うから。『彩 円虹例句集』(2008)所載。(清水哲男)


May 0352014

 暖かき雨の降りをり鍋に穴

                           玉田憲子

のアルミの鍋は使っているうちに小さな穴が開いてしまうことがあった。吹きこぼれてもいないのにジュージュー音がするので、おかしいなと鍋を洗って透かして見ると光が漏れている。しばらくその光を見つめつつ、少し情けなくもありながら、この鍋もよく使ったなあと感慨深かったりしたものだ。雨が降っているというかすかな憂鬱、でもそれが春の雨であるという明るさ、その両方をつなぐ小さな鍋の穴である。なべにあな、とつぶやくとなんとなく微笑んでしまう。気がつけば我が家の台所にはもう古いアルミ鍋はなく、穴をあけるなんてとても無理という厚底鍋ばかりになってしまったが。『chalaza』(2013)所収。(今井肖子)




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