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March 2231997

 春の夢みてゐて瞼ぬれにけり

                           三橋鷹女

んな夢だったのだろう。夢の心理学は苦手だが、この句に近い心持ちで目覚めたことはある。現実と同じように、夢の世界も決して自由ではない。ただ、夢の中の時空間の混乱に乗じて、ひとつの感情を現実よりも深めることはできる。センチメンタリズムの深みに、身を投げてしまうこともある。そうすると、おのずから瞼は濡れてくる。もちろん、哀しいからなのだけれど、春の浅い眠りの夢には、その哀しみにどこか甘美さが伴う。明日の朝は、そんな甘美さの残る感情とともに目覚めてみたい。(清水哲男)


March 1132002

 春あかつき醒めても動悸をさまらず

                           真鍋呉夫

で、目が醒(さ)めた。よほど夢の中での出来事が、刺激的だったのだろう。醒めても、なかなか「動悸(どうき)」が「をさまら」ない。春夏秋冬、四季を問わずにこういうことは起きるが、寒からず暑からずの春暁のときであるだけに、夢と現(うつつ)の境界が、いまひとつ判然としないのである。平たく言えば、寝ぼけ状態が他の季節よりも長いので、「ああ、夢だったのか」と自己納得するのに、多少時間がかかるというわけだ。「春の夢」なる季語があるくらいで、この季節の心地よい睡眠はまた夢の温床でもあるらしい。富安風生に「春の夢心驚けば覚めやすし」があるように、動悸の激しくなる夢を見やすいのかもしれない。夢の心理学は知らねども、体験的には納得できるような気がする。つい昨夜も見たばかりで、気まぐれにそのあたりの樹に登り、ふと下を見て気を失いそうになった。いつの間にか、高層ビルの屋上ほどの高いところまで、登ってしまっていたのだ。高所恐怖症としては必死に幹にかじりついたものの、しかし、恐くて一歩も下りられない。「もう駄目だ」と思っているうちに、目が覚めた。覚めても、句のようにしばらくはドキドキしていた。……というような子供じみた夢を作者が見たと思ったのでは、面白くない。ここは、大人の夢から来た動悸だと読まねば。まことに危険で艶っぽい、真に迫った恋の夢から醒めたのだと。『定本雪女』(1998)所収。(清水哲男)


March 1532010

 春の夢気の違はぬがうらめしい

                           小西来山

山は、元禄期大阪の代表的俳人。芭蕉より十歳年下だが、交流の記録はないそうだ。上島鬼貫とは親しかった。来山というと、たいてい掲句が引用されるほど有名だが、一見川柳と見紛うばかりの口語調にもあらわれているように、俗を恐れぬ人であった。前書きに「淨しゅん童子、早春世をさりしに」とあり、五十九歳にして得た後妻との子に死なれたときの感慨である。この句を川柳と分かつポイントは、「春の夢」を季語としたところだ。「春の夢」はそれこそ俗に、人生一場の夢などと人の世のはかなさに通じる比喩として伝えられてきている。その意味概念は川柳でも俳句でも同じことだ。だが、川柳とは違い、季語「春の夢」はその夢の中身にはさして注目はしないのである。どんなに華やかな内容だったか、どんな艶なるシーンだったのかなどという詮索は無用とする気味が強い。この季語で大切なのは、目覚めたあとの現実との落差のありようなのであって、その落差をどう詠むかがいわば腕の見せ所となる。子を亡くした父親が、いかにプロの俳人だからとはいえ、文語調で澄ましかえって詠んだのでは、おのれの真実は伝わらない。口語調だからこそ、手放しで哭きたいほどの悲しみが伝えられる。つまり、彼は季語としての「春の夢」の機能を十全に活用し、「落差」に焦点をあてているわけだ。間もなくして来山も没したが、辞世は「来山は生まれた咎で死ぬる也それでうらみも何もかもなし」であったという。荘司賢太郎「京扇堂」所載。(清水哲男)




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